デュボシェ(読み)でゅぼしぇ(英語表記)Jacques Dubochet

日本大百科全書(ニッポニカ) 「デュボシェ」の意味・わかりやすい解説

デュボシェ
でゅぼしぇ
Jacques Dubochet
(1942― )

スイス生物物理学者。スイスのエーグル生まれ。1969年ジュネーブ大学卒業後、同大学、バーゼル大学で物理学の博士号取得。1970年からドイツのハイデルベルクのヨーロッパ分子生物学研究所研究員。1978年~1987年同研究所グループリーダー。1987年スイスのローザンヌ大学教授、2007年同大学名誉教授。

 1975年以降、イギリスの分子生物学者リチャード・ヘンダーソンの研究によって、グルコース溶液を使い電子顕微鏡生体分子を、元の形のまま観察することが可能になったが、水溶液中の生体分子観察には不向きであった。水を凍らせての撮影が試みられたものの、氷のきれいな結晶構造電子ビームが遮られて、観察できなかった。これを克服したのがデュボシェである。1982年、マイナス190℃の液体エタンを使い、水分子を結晶のないガラス状に凍結させて観察する「スプレー凍結法」を確立した。具体的には、生体分子の含まれる検体を網目状の薄膜フィルムに移し、液体エタンで凍結させた後、それをマイナス196℃の液体窒素で冷却しながら電子顕微鏡で観察する方法である。これによって電子顕微鏡内の真空状態に生体分子が置かれても、水分が蒸発したり凍結乾燥したりすることがなくなり、タンパク質などが破壊されずに、元の形のままとらえることが可能になった。クライオ(極低温)電子顕微鏡が幅広く使われる礎(いしずえ)となった画期的な成果で、デュボシェは1984年にこの手法を使って、たくさんの種類のウイルスの鮮明な画像を撮影することに世界で初めて成功した。

 2014年ヨーロッパ分子生物学研究所のレンナート・フィリプソン賞。2017年「タンパク質などの生体分子の構造を高解像度でとらえるクライオ電子顕微鏡開発」に貢献した業績で、リチャード・ヘンダーソン、アメリカの生物物理学者ヨアヒム・フランクノーベル化学賞を共同受賞した。

玉村 治 2018年2月16日]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「デュボシェ」の意味・わかりやすい解説

デュボシェ
Dubochet, Jacques

[生]1942.6.8. エーグル
スイスの生物物理学者。青年期に失読の症状を患う。1967年ローザンヌ大学工科学校(現在のスイス連邦工科大学ローザンヌ校)で物理工学の学位を取得。1973年ジュネーブ大学バーゼル大学生物物理学の博士号を取得。ドイツ,ハイデルベルクのヨーロッパ分子生物学研究所 EMBLに勤務したのち,1987年ローザンヌ大学教授,2007年同大学名誉教授。EMBLでは電子顕微鏡法応用研究室の長を務め,蛋白質に代表される生体分子を自然の形状のまま電子顕微鏡で撮像できるクライオ電子顕微鏡法を開発した。クライオ cryoは「冷凍」「低温」の意味で,デュボシェは試料を塗布した金属メッシュを液体窒素で約-190℃に冷やしたエタンに浸すことで,試料の水分が氷の結晶にならずにガラス状(→非晶質)に凝固する技術を開発,これにより真空状態のもと顕微鏡の電子ビームを照射しても生体分子は変形せず自然の形状を維持できるようになった。生体分子の原子レベルでの高分解能撮像はのちに,構造生物学の発展や新薬の開発に多大な貢献をした。2017年「溶液中の生体分子の構造決定を高解像度でできるクライオ電子顕微鏡の開発」により,アメリカ合衆国の生化学者ヨアヒム・フランク,イギリスの生物物理学・分子生物学者リチャード・ヘンダーソンとともにノーベル化学賞(→ノーベル賞)を受賞。

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