アメリカのプロ野球選手(左投右打)。大リーグ(メジャー・リーグ)のオークランド・アスレチックス、ニューヨーク・ヤンキース、トロント・ブルージェイズ、サンディエゴ・パドレス、アナハイム・エンゼルス(現ロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイム)、シアトル・マリナーズ、ボストン・レッドソックス、ロサンゼルス・ドジャースで外野手としてプレー。歴代1位の盗塁数を誇る「世界の盗塁王」である。
12月25日、イリノイ州シカゴで生まれる。テクニカル高から1976年、ドラフト4巡目指名を受けてアスレチックスに入団。1979年のシーズン途中に大リーグに昇格したが、89試合で盗塁33を記録してレギュラーの座を確保した。1980年にフル出場を果たすと、盗塁100でタイトルを獲得。以降、1986年まで7年連続して盗塁王となった。なかでも、1982年に樹立した盗塁130は2007年現在でも大リーグ記録である。1985年にはヤンキースに移籍した。1989年途中でアスレチックスに戻ったシーズンも2球団合計で盗塁77をマークしてタイトルを獲得するなど、1988年からふたたび4年連続盗塁王となった。その間、1990年には打率3割2分5厘、ホームラン28本、打点61、盗塁65の成績でアスレチックスのリーグ優勝に貢献し、最優秀選手(MVP)に選ばれた。1992年からは盗塁王と無縁になるが、3回目の復帰となった98年のアスレチックスで39歳にして12回目のタイトルを獲得した。以降も、チームを転々としながら盗塁25以上を記録し続けたが、2002年はレッドソックスで盗塁8に終わった。2003年は契約先がみつからず、大リーグ傘下ではないマイナーのチームである独立リーグのニューアーク・ベアーズでプレーし、大リーグ復帰のチャンスを待ち、7月にドジャースと契約、閉幕まで30試合に出場したが衰えは隠せず、打率2割8厘に終わる。2004年はふたたびベアーズ、05年は独立リーグのサンディエゴ・サーフドーグスでプレーした。
25年間の通算成績は、出場試合3081、安打3055、打率2割7分9厘、本塁打297(うち先頭打者本塁打81は2007年現在大リーグ歴代1位)、打点1115、得点2295(2007年現在大リーグ歴代1位)、盗塁1406。獲得したおもなタイトルは、最多安打1回、盗塁王12回、MVP1回、ゴールドグラブ賞1回。
[山下 健]
イギリスの分子生物学者。スコットランドのエジンバラ生まれ。エジンバラ大学卒業後、1969年ケンブリッジ大学でX線結晶解析学の博士号を取得。同大学、アメリカのエール大学での博士研究員を経て、1973年からケンブリッジ大学MRC分子生物学研究所研究員。1995年同研究所副所長、1996年同所長。2006年から同研究所プログラムリーダー。
1970年代から細胞膜を貫く「Gタンパク」など膜タンパク質の構造解明に挑み、当時、金属材料の観察に使われていた電子顕微鏡の利用を思い付いた。しかし、電子顕微鏡は光学顕微鏡と異なり、エネルギーが高く電子ビームを照射すると検体が破壊されてしまうほか、真空状態で観察を行わなくてはならず、水が蒸発し、生体分子の構造解明には不向きであった。そこで、ヘンダーソンは膜タンパク質の一種で、光合成に関与する「バクテリオロドプシン」に着目。その光を吸収する性質から、電子ビームへの耐性があると考えた。タンパク質を膜から取り出さず、グルコース溶液で表面を保護したうえで、弱い電子ビームを照射して観察したところ、それまでにない画像が得られた。1975年、これをさまざまな角度から撮影し、それを画像処理することでタンパク質の三次元(3D)構造の画像を得ることに成功した。その後、タンパク質の電子回折実験を繰り返すなど改良を重ね、バクテリオロドプシンの、7本の螺旋(らせん)状(α(アルファ)へリックス構造)の部分が細胞膜を貫通しているという立体構造を明らかにした。この解明は、現在、薬開発でもっとも注目されるGタンパク質の研究発展の礎(いしずえ)となった。その後、スイスの生物物理学者ジャック・デュボシェらが液体窒素を使って生体分子を極低温処理した後に観察する、クライオ(極低温)電子顕微鏡を開発し、ヘンダーソンは1990年、バクテリオロドプシンを原子レベルで観察することに成功。最初の画像を得た15年前は7オングストローム(1000万分の7ミリメートル)の低解像度であったが、X線解析と同じ3オングストロームまで引き上げ、クライオ電子顕微鏡が生体分子の構造解析に有効なツールになることを証明した。
1999年グレゴリー・アミノフ賞、2016年コプリーメダル、2017年ワイリー賞。同年「タンパク質などの生体分子の構造を高解像度でとらえるクライオ電子顕微鏡の開発」に貢献した業績で、ジャック・デュボシェ、アメリカの生物物理学者ヨアヒム・フランクとノーベル化学賞を共同受賞した。
[玉村 治 2018年2月16日]
イギリスの天文学者。恒星の年周視差の検出者。スコットランドのダンディーに生まれる。1819年法律を修め、法律顧問を務めるかたわら趣味で天体観測や天文計算を行い続ける。学界に知遇を得て、1831年喜望峰のドミニカ天文台長に抜擢(ばってき)されたが健康を害し、約2年間で辞任。1834年エジンバラ大学数学教授兼カルトンヒル天文台台長に任命される。喜望峰時代に行ったケンタウルス座α(アルファ)星の赤緯の年周変化をエジンバラで計算した結果、問題の年周視差を1.16秒角(現在値0.760秒角)と発表した(1839)。この視差の検出はベッセルに次ぎ2番目である。
[島村福太郎]
イギリスの政治家。鋳鉄工として働き、鋳鉄工組合での活動を経て、1903年労働代表委員会(後の労働党)の下院議員となった。1911年労働党の書記長に就任、第一次世界大戦期に労働党をも含めての挙国内閣がつくられた際に政府に入り、商務相、主計長官を歴任、首相ロイド・ジョージのもとでの少人数の戦時内閣の一員ともなった。1917年、計画されていた国際社会主義者会議への出席を内閣に拒まれたために辞任、以後は労働党の強化に力を注いだ。1924年のマクドナルド内閣では内相、1929年からの同内閣では外相を務めた。1931年マクドナルドらが保守党と結んで挙国一致内閣をつくったのち、それに反対する労働党を率いたが、同年の選挙で自らも落選した。1934年ノーベル平和賞受賞。
[木畑洋一]
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アメリカのジャズ初期の黒人バンド・リーダー,編曲者,ピアニスト。本名James Fletcher Henderson。愛称のSmackやフレッチャー・ヘンダーソンとして知られる。ジョージア州の黒人校長の家庭に生まれ,1920年アトランタ大学卒業。ニューヨークに出てブラック・スワン・レコードの音楽監督を務め,レコード吹込みのピアノ伴奏,コンボ指揮をとったのち,23-34年第一級の黒人ビッグ・バンド,ヘンダーソン楽団を指揮し,編曲も行った。とくに24年以後1年間,シカゴから天才アームストロングを入団させて体質を一変,30年代に活躍した大物は,みなこの楽団の出身者であった。大不況で解散した後,その編曲を譲り受けたベニー・グッドマンはスウィング王となった。その波に乗って再びバンドを編成したが永続きせず,グッドマン楽団の編曲者・ピアニストに雇われた。代表作に《フレッチャー・ヘンダーソン・ストーリー》(CBS)などがある。
執筆者:油井 正一
イギリスの政治家。スコットランド出身。鋳鉄工として組合活動に入り,1903年下院議員,11年労働党書記長,16年戦時内閣閣僚となる。翌年ロシアを訪れ,早期戦争終結の努力を支持して閣外に去り,党の社会主義綱領作成,組織強化に努める。第1次労働党内閣内相(1924),同第2次内閣外相(1929-31)。24年ジュネーブ議定書の作成に協力し,32年ジュネーブ軍縮会議議長として活躍,34年ノーベル平和賞を受賞。
執筆者:都築 忠七
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
1863~1935
イギリスの政治家。1903年独立労働党から下院議員に選出。06年労働党の結党に参加,11年その党首に選ばれる。第一次世界大戦中労働党を指導,15年入閣して戦争遂行に協力した。17年辞任後党の再組織に乗り出し,18年労働党への個人参加の承認,新綱領の採択などによって,党の新しい組織化に努めた。29~31年外相,32~33年ジュネーヴ軍縮会議議長として国際平和に尽力,34年ノーベル平和賞受賞。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
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出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報
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…しばらくは〈リベラリズムの侍女〉の地位に甘んじ,自由党の社会改良政策に追従した。 第1次大戦で戦争支持のA.ヘンダーソンが党委員長となり,戦時内閣に参加するが,ロシア革命後は交渉による平和を主張して内閣を去り,これが党を自立に導くとともに反戦リベラルの労働党への参加の道を開いた。戦時中の組織労働者の飛躍的増加が党の自立を支え,18年S.J.ウェッブの協力を得て社会主義綱領が作成された。…
※「ヘンダーソン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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