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デーメルト Dehmelt, Hans Georg

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

デーメルト
Dehmelt, Hans Georg

[生]1922.9.9. ゲールリッツ
ドイツ生れのアメリカの物理学者。 1940年からドイツ陸軍に従軍し,軍の計画により物理学を学んだが,45年アメリカ軍の捕虜となる。 50年ゲッティンゲン大学で物理学の学位を取得,52年渡米してワシントン大学に移り,61年同大学教授に就任,アメリカ市民権を得た。 1955年に電子を分離して閉じ込める「パウル・トラップ」と呼ばれる手法を開発し,73年には単独の電子の捕捉に成功。電子の性質を精密に測定することを可能にした。この原子分光学における功績で W.パウル,N.F.ラムゼーとともに 89年ノーベル物理学賞を受賞した。

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百科事典マイペディアの解説

デーメルト

ドイツ生れの物理学者。1950年ゲッティンゲン大学で学位を取得,同大学,デューク大学を経て,1961年米国ワシントン大学教授。1950年代以来W.パウルとともにたった1個の電子イオンを捕らえる方法を実現した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

デーメルト
でーめると
Hans Georg Dehmelt
(1922― )

アメリカの物理学者。ドイツのゲルリッツに生まれる。ベルリンのギムナジウムを1940年に卒業後、陸軍に入隊し、一時期ブレスラウ大学(現、ポーランドのブロツワフ大学)で物理学を学んだのち、西部戦線に送られてアメリカ軍の捕虜となった。第二次世界大戦終了後、ゲッティンゲン大学に入り、1950年に博士号を取得した。1952年アメリカに渡り、デューク大学で博士研究員として研究を続け、1955年にワシントン大学の准教授となった。1956年同大学上級准教授、1961年教授に昇格、アメリカの市民権も獲得した。
 ゲッティンゲン大学でW・パウルに実験物理学を学び、のちに磁気共鳴現象、とくに電子スピン共鳴の研究を進めた。1955年から電子を捕捉(ほそく)する実験の研究を開始し、やがてパウルの開発したイオンを捕捉する装置(パウル・トラップ)にヒントを得て、1973年に電子を1個のレベルで分離、捕獲する装置(ペニング・トラップ)の開発に成功、この装置を用いて電子の磁気モーメントを高精度で測定した。さらに高精度の周波数標準器(原子時計)作成が可能となり、原子分光学の分野で画期的成果をもたらした。この業績により、1989年のノーベル物理学賞をパウルとともに受賞、分離振動場法を開発したN・F・ラムゼーも同時受賞した。[編集部]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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