翻訳|atomic clock
原子や分子のもつ固有のスペクトル線を基準として用いた時計。スペクトル線としては,通常,その周波数がマイクロ波帯にあり,磁場や電場などの外界の影響が少ないものが用いられる。原子時計には,スペクトル線を利用する方法により吸収型(共鳴型)とメーザー型がある。前者は,スペクトル線の周波数に近いマイクロ波を発生させてこれを原子や分子にあて,両者の周波数が一致したときにマイクロ波の吸収が最大になることを利用するもので,セシウム原子時計,ルビジウム原子時計などがある。また,メーザー型は,スペクトル線を定める二つのエネルギー準位のうち上準位の原子や分子のみをマイクロ波空胴共振器中に集め,メーザー発振を生じさせることにより直接スペクトル線をとり出す方式で,アンモニアメーザー,水素メーザーなどによる例がある。
世界最初の原子時計は,1949年にアメリカ国立標準局(NBS)で試作されたアンモニア分子の吸収線を利用したものであった。同じころ,同局においてはセシウム原子による実験に成功し,次いでイギリス国立物理学研究所(NPL)のエッセンL.Essenが同じ原理の原子時計を製作し,55年より約3年間,その当時,時間の標準に採択された暦表時との比較を行った。この装置は実用に供せられた世界最初の原子時計といわれている。その後,アメリカ,イギリスをはじめ先進諸国において,アンモニア,セシウム,ルビジウム,タリウム,水素などを利用する研究が活発に行われ,方式および利用するスペクトル線の優劣が調査された。その結果,67年の国際度量衡総会において,セシウム原子の基底状態の二つの準位間の遷移による放射の 9 192 631 770周期を1秒とする新定義が採択され,現在に至っている。この定義を実現する一次標準器は10⁻13の正確さであり,通常,原子周波数標準器と呼ぶ。一方,同じ原理で小型軽量に製作され,標準周波数を発生するとともに時計機構も内蔵した名実ともに原子時計と呼べる装置が開発され,商品として販売されている。これは10⁻11程度の正確さをもち,通信,放送,航行,測地などの分野で使用されている。原子時計の示す秒を積算してつくられた時系である国際原子時が,1958年1月1日0時(世界時)を起点として維持されている。また,現在,日常生活に使用されているのは協定世界時に基づいていて,その秒間隔は国際原子時のものと同じで,その時刻は地球の自転に基づく世界時に沿ってつくられたものである。近年の地球の自転速度では,国際原子時に比べ,世界時のほうが1年に約1秒の割合で遅れていくので,ほとんど毎年協定世界時に1秒加えて調整を行っている。これを〈閏(うるう)秒〉という。
代表的な原子時計としてセシウム原子時計の原理を述べる。図はその心臓部で,原子のスペクトル線を観測する役目をする原子ビーム管と呼ばれる部分の原理図である。そのおもな構成要素は,炉,検出器,偏向磁石2個,空胴共振器,磁気シールドなどで,全体は真空槽に入れてある。約100℃に加熱された炉からセシウムの蒸気がビーム状に射出される。セシウム原子の標準用スペクトル線を定める二つのエネルギー準位はそれぞれ4(全角運動量に対する量子数F=4,磁気量子数mf=0),3(F=3,mf=0)の量子数のもので,炉から出た直後は両者はほとんど等量含まれている。しかし,偏光磁石Aの中を通過するとき,それぞれの磁気モーメントの符号の違いで異なった方向に偏向される。図のように4の原子のみを空胴共振器の中を通過させ偏向磁石Bに導くと,この中で再び同じ向きに偏向されるので検出器とは異なった方向へいく。しかし,空胴共振器がマイクロ波で励振されており,その周波数が原子のスペクトル線と一致していれば,空胴共振器中で4→3の遷移を生ずる。すなわち,炉を出るとき4の状態にあった原子は空胴共振器中で3の状態になるので,偏向磁石Bで逆向きに偏向され検出器に到達する。したがって,検出器からの信号を観測することにより,励振用マイクロ波の周波数と原子のスペクトル線の周波数が一致したことを知ることができる。実際の原子時計においては,励振用マイクロ波は5MHz台の水晶発振器から周波数逓倍して発生させ,検出器からの信号を増幅,処理して水晶発振器の制御信号に使用するように電子回路によるサーボ系を形成させている。これにより水晶発振器の発振周波数は原子のスペクトル線の周波数と一定の数値関係を保つことになるので,原子のスペクトル線と同じ正確さと安定度を示すことになる。セシウム原子のスペクトル線は,磁場の強さにより変化するので,原子ビーム管の内部には磁気シールドがあって,地磁場などの影響を除いている。
執筆者:古賀 保喜
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
原子(分子)の固有共鳴周波数を基準にしたもっとも精密な時計。原子(分子)のエネルギーは、固有のとびとびの一定値をとり、あるエネルギーW1の状態から別の値W2に移り変わるとき、ボーアの振動数条件ν0=|W1-W2|/h(hはプランク定数)で与えられる共鳴周波数ν0の電磁波を放出あるいは吸収する。この現象を利用するのが原子時計であり、外乱のない自由な原子(分子)でのν0は一定不変である。しかし実際の時計では、このような理想的条件は一般に満足されず、ν0のずれや、共鳴線幅の広がりなどがおこる結果、原子時計の周波数の正確さや安定度(一定さの度合い)が損なわれる。
原子時計は、原子(分子)の共鳴線(共鳴特性)の利用方法により、吸収型と発振型の2方式に分類できる。前者では、水晶発振器の出力周波数を逓倍(ていばい)し(高調波を使って順次高くし)、共鳴線の中心周波数(ν0)近傍のマイクロ波を発生し、これを空胴共振器に導いて、その中に閉じ込めた原子(分子)にマイクロ波の共鳴吸収をおこさせる。共鳴検出器からは、振動を助長する励振マイクロ波周波数とν0との差に比例した誤差信号が出力として得られる。この信号を用いて水晶発振器の周波数をν0と一定の関係に固定すれば、安定な時計を得ることができる。後者の方式は、共鳴に関係する高低二つのエネルギー状態のうち、高いほうの原子(分子)だけを選別して、ν0に同調した空胴共振器に導く。すると、自然のマイクロ波(雑音)が引き金となって、原子(分子)からエネルギーの放出(誘導放出)がおこり、その結果、空胴内でν0の発振が持続する。
原子時計の着想は古いが、具体化されたのは、マイクロ波分光学が急速に発展した第二次世界大戦後のことである。1948年ころアメリカ国立標準局で、アンモニア分子の共鳴線を利用した吸収方式の原子時計が世界で初めて試作され、同時にセシウム原子を用いたビーム吸収方式の実験も開始された。その後、発振型のアンモニア分子ビームメーザーに続いて、水素メーザー、またルビジウムなどのアルカリ金属原子を用いたガスセル吸収型装置の研究開発も行われた。これらのうち、セシウム時計の正確さがもっとも高く、現在では誤差10兆分の1(30万年に1秒の誤差)に達している。セシウム原子時計は、時間の単位である秒の定義に用いられるとともに、国際原子時設定のもととなっている。国際原子時は、国際報時局が世界各国のセシウム時計の相互比較データを用いて計算する平均原子時であって、天体観測に基づく時系にかわって、58年以来時刻の基準として用いられている。一方水素メーザーは、短期(数時間程度)の周波数安定度が優れており(誤差約1000兆分の1)、超長基線電波干渉計や深宇宙探査など、精密な電波計測には不可欠である。またルビジウム時計は小型・軽量を特徴とする。これらの原子時計は、前述の用途のほか、通信、放送などの分野で広く使われている。また間接的ではあるが、身近な利用例として、20世紀末より急速に普及したカーナビゲーション用のGPS(Global Positioning System=全地球測位システム)がある。各衛星はセシウムとルビジウムの原子時計を搭載して、高精度な時刻信号を発射し、地上での測位精度を高めている。
[若井 登]
『吉村和幸・古賀保喜・大浦宣徳著『周波数と時間――原子時計の基礎 原子時のしくみ』(1989・電子情報通信学会、コロナ社発売)』▽『F・G・マジョール著、盛永篤郎訳『量子の鼓動――原子時計の原理と応用』(2006・シュプリンガー・フェアラーク東京)』
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…これは時計の歴史上最大のできごとだったといえる。その後49年にはアメリカで,水晶時計の100倍にも達する精度をもつ原子時計が生まれ,67年からは,それまで平均太陽時によって定めていた時間の標準に代わって,セシウム原子の共振周波数によって秒を定義することが国際度量衡会議で採択された。水晶時計もICの進歩に伴って急速に構造の簡素化,小型化が進み,69年にはアナログ式腕時計が発売されるまでになった。…
※「原子時計」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
宇宙事業会社スペースワンが開発した小型ロケット。固体燃料の3段式で、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発を進めるイプシロンSよりもさらに小さい。スペースワンは契約から打ち上げまでの期間で世界最短を...
12/17 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
11/21 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新