コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

ナイメーヘンの和約 ナイメーヘンのわやく

3件 の用語解説(ナイメーヘンの和約の意味・用語解説を検索)

百科事典マイペディアの解説

ナイメーヘンの和約【ナイメーヘンのわやく】

1678年―1679年にオランダナイメーヘンNijmegenで結ばれたオランダ戦争関係国間の講和条約。オランダは全領土を確保。フランススペインフランシュ・コンテフランドル南部諸都市を併合し,オランダに対して1667年の高関税を撤回した。
→関連項目ウィリアム[3世]ナイメーヘン

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

ナイメーヘンのわやく【ナイメーヘンの和約】

オランダ戦争を終結させた講和で,ナイメーヘンで結ばれた。全部で三つの条約からなり,1678年8月にフランス・オランダ間に,9月にフランス・スペイン間に,79年2月にフランス・ドイツ皇帝間にそれぞれ条約が成立した。この和約でオランダはすべての領土を回復し,1667年のフランスの高関税を撤回させた。他方,フランスはフランシュ・コンテおよびスペイン領ネーデルラントのいくつかの都市を併合して将来への足場を固めた。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ナイメーヘンの和約
ないめーへんのわやく

フランスのルイ14世によって行われたオランダに対する侵略戦争、いわゆるオランダ戦争(1672~78)終結の講和条約。ナイメーヘンNijmegenは締結地オランダの都市名。フランスはまず、1678年8月オランダと和議を結び、対オランダ高関税を撤廃した。次に同年9月、スペインと講和を結び、フランスは賠償金とフランシュ・コンテおよびスペイン領ネーデルラントの大部分を取得した。最後に79年2月、ドイツ皇帝との講和が成立し、フランスはフライブルクを得た。この一連の講和で、ルイ14世の威勢は全ヨーロッパに及び、その黄金時代を迎えたが、フランスはオランダとの関税戦争に事実上敗北し、コルベールの重商主義政策は挫折(ざせつ)した。[千葉治男]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ナイメーヘンの和約の関連キーワードオランダ通詞オランダ屋敷サンフランシスコ講和条約ナントの勅令イギリスオランダ戦争英蘭戦争オランダ坂オランダ渡りスキピオ和を講ずる

今日のキーワード

カルテット

四重唱および四重奏。重唱,重奏の形態のなかで最も基本的なもので,声楽ではルネサンスの多声歌曲の形式であるシャンソンやフロットラから始り長い歴史をもつ。器楽も同様で,特に弦楽四重奏は室内楽の全レパートリ...

続きを読む

コトバンク for iPhone