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ニュージーランド史 ニュージーランドし

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ニュージーランド史
ニュージーランドし

ニュージーランドは 1642年オランダ人 A.タスマンにより見出され,1769~70年イギリス人 J.クックにより地形が解明された。 1814年からイギリスの入植が開始され,S.マースデンらの布教団が先住民のマオリ族の教化に着手。 40年イギリスに併合され,初代総督に W.ホブソンが就任,マオリ族との間にワイタンギ条約が結ばれ,主権委譲の代りに彼らの土地と財産を保証することとし,首府がオークランドにおかれた。その後,白人入植者とマオリ族の土地争奪が激化し,第1次マオリ戦争 (1843~48) ,第2次マオリ戦争 (60~72) が起ったが,マオリ族の敗北に終った。他方その頃各地で金鉱が発見され,移住が急増。 63年最初の鉄道が敷設され,65年首府がウェリントンに移された。 81年東洋人の移住の制限開始,89年男子普通選挙法制定,その他婦人参政権 (93) ,8時間労働制 (97) ,養老年金法 (98) など多くの社会立法が制定された。 1907年自治領となり,13年労働党と社会民主党の連立内閣成立。第1次世界大戦ではイギリス本国を熱心に支援。戦後は改革党,連合党などが政権を担当,世界恐慌 (1929) により多くの社会保障制度が廃止されたが,35年労働党単独内閣がそれらを復活強化した。第2次世界大戦でもイギリスを支援し,対日戦ではアメリカの有力基地の役割を果した。ニュージーランドの防衛は,イギリス軍よりアメリカ軍によって維持された結果,戦後はアメリカへの接近の傾向が強く,東南アジア条約機構のメンバーとなり,アメリカの主導権を支持した。 1950年代以降は西側への依存を強めた。内政面では 50年代以降マオリ族の人口増加により,彼らの教育,社会,経済水準の向上が懸案事項となっている。

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