翻訳|necktie
単にタイtieともいい,首やシャツの衿の回りに巻いて結ぶ帯状,ひも状の布のことで,おもに男子服の装飾のために用いる。古くは古代ローマ時代の兵士の巻いていた,フォカレfocaleと呼ぶ帯状のウールの首巻にさかのぼるといわれるが,直接の起源は17世紀のイギリスとフランスに登場したクラバットcravateであった。クラバットはクロアチアの人々が首に巻いていた布kravataに由来するもので,それ以前の衿飾がシャツの衿元に縫いつけられていたのに対し,取りはずしのできるスカーフ状のものであった。クラバットの流行は19世紀初期まで続いた。18世紀初期にはストックstockと呼ばれる衿飾が現れた。これはあらかじめ結び目や蝶結びがつくられていて,帯状の布をシャツの衿に回し,後ろで結ぶかバックル留めにするものであった。クラバットとストックは上質の麻でつくられ,ほとんど白であったが黒も用いられた。現在でも燕尾服には白の麻か綿の蝶タイ,タキシードには黒の蝶タイが必ず合わされているのは,この時代のなごりである。現在のような多彩な色物や柄物が使われはじめたのは,19世紀半ばころからで,当時の男子服のほとんどが黒または黒ずんだ色調のものだったため,色物がとり入れられ,名称もそれまでのネッククロスneckclothに代わってネクタイが徐々に使われるようになった。1870年代から80年代にかけてシャツの衿が小型になり,上着やベストの衿明きが小さくなったために,ネクタイの結び目が急激に小型化して,現在のネクタイとほぼ同じ形態になった。ネクタイの結び目が小さくなればなるほど,その視覚的な効果を強めるためにより強烈な色や柄がとり入れられて,染色の容易な絹が基本的な素材になった。今日では絹とともにアセテート,レーヨン,ポリエステルなどの化学繊維やウール,またニットのネクタイも使われている。
日本にネクタイがもたらされたのは幕末の洋服移入に伴うもので,《西洋衣食住》(片山淳之助,1867)に〈襟締 子(ね)ッキタイ〉として紹介され,〈首巻ハ麻ナリ又ハ紙ニテ製シタルモアリ〉と記されている。
現在用いられているネクタイの種類には以下のものがある。(1)アスコット・タイAscot tie 19世紀の後半,イギリスのアスコット競馬場に初めて登場したことに由来。形はクラバットに近似し,二重結びにして結び目の下を飾りピンで留めるのが特徴で,現在でも黒白の縞模様のものは,この結び方でモーニングコートに合わせることがある。色物,柄物の柔らかいウールや絹のものはスカーフと同様に使われている。(2)幅(はば)タイ 最も代表的な結び下げにするネクタイ。結び目(ノット)の下から大剣の先まで,こぶし四つ分の長さがあるところから,フォア・イン・ハンドfour-in-handと呼ばれる。(3)角(かく)タイ スクエア・エンド・タイsquare end tieのこと。先端が水平にカットされたもの。(4)蝶タイ ボー・タイbow tieのこと。蝶結びにしたネクタイで日本では蝶ネクタイとも。(5)ひもタイ ストリング・タイstring tie,コード・タイcord tie,ボヘミアン・タイBohemian tieとも。細いひもになっており衿元で蝶結びにする。衿元の金具を使うウェスタン・タイwestern tieもこの一種。
ネクタイの流行は色や柄に出ることが多いが,幅の変化も重要な特徴で,1930年代と,60年代の終りから70年代初めにかけてその幅が10cm以上と極端に広くなった。また40年代から50年代にかけては6cm以下と細くなったが,これは背広上着の衿幅の変化と関係している。また結び方にもさまざまな流行が見られる。
執筆者:高山 能一
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