ノボトニー(英語表記)Novotný, Antonín

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ノボトニー
Novotný, Antonín

[生]1904.12.10. プラハ近郊レトニャニー
[没]1975.1.28. プラハ
チェコスロバキアの政治家。 1921年共産党入党,30~35年プラハ地区党書記,41年ナチスに逮捕され強制収容所に入れられた。第2次世界大戦後プラハ党指導部に復帰,48年2月のクーデターの際活躍した。 51年党中央委員会書記兼政治局員。 53年副首相。同年 K.ゴットワルトの死後,党第一書記になり,57年から大統領も兼任した。しかし 1960年代後半から国民の間に自由化の声が高まるに伴い,スターリン主義者との批判が次第に強まったため,68年1月党第一書記を,3月に大統領を辞任。6月には党員権も停止されたが,その後改革派の失脚に伴い 71年に党員権を回復。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

百科事典マイペディアの解説

ノボトニー

チェコスロバキアの政治家。若くして共産党員となり,第2次大戦中に地下運動で活躍,ドイツ軍に捕らえられた。親ソ派の指導者で,1953年副首相,党第一書記,1957年大統領となったが,1968年失脚。
→関連項目ドゥプチェク

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ノボトニー
のぼとにー
Antonn Novotn
(1904―1975)

チェコスロバキアの政治家。プラハ近郊の生まれ。機械工出身。1921年に共産党加入。1941~1945年にはナチスのマウトハウゼン収容所に入れられた。1946年からプラハ市党書記、1951年に党中央委書記に就任、1953年ゴットワルトの死後党第一書記になり、1957年に大統領を兼任した。改革派の批判を浴び、1968年1月党第一書記を、3月に大統領を辞任した。1971年に党員資格停止。[木戸 蓊]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

今日のキーワード

出入国在留管理庁

政府が2019年4月に発足を予定している法務省の外局。18年12月の出入国管理法改正案成立に伴う外国人労働者の受け入れ拡大に対応するため、同省の内部部局である入国管理局を再編・格上げし、新設することが...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android