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ハーパー ハーパーHarper

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ハーパー
Harper

旧称ケープパルマス Cape Palmas。リベリア南東部,大西洋にのぞむ港町。グリーンビル南東約 160kmに位置。 1833年アメリカからの解放奴隷が入植,57年リベリアに編入された。ゴム,カカオコーヒー,木材などを輸出。国内空港がある。人口約1万。

ハーパー
Harper, Stephen

[生]1959.4.30. トロント
カナダの政治家。首相(在任 2006~ )。フルネーム Stephen Joseph Harper。カナダ東部で生まれ,幼少期を過ごした。カルガリー大学で経済学を学び,1985年学士号,1991年修士号を取得。卒業後は政治と公共政策分析の道に進む。1993年下院選挙に改革党から立候補して初当選を果たしたが,1997年の選挙では立候補を見送った。2002年に改革党の後継政党であるカナダ同盟の党首選挙で現職のストックウェル・デイを破り,同年下院に復帰。2003年にカナダ同盟と中道右派進歩保守党を合併して保守党を結成,翌 2004年保守党党首に選出された。2004年の選挙で保守党は下院の 99議席を獲得し,野党党首として権力基盤を固めた。2006年,選挙で勝利を収め首相の座についたが,少数与党政権を率いることとなった。2008年,1870年代に先住民同化政策の一環として設立された寄宿学校における先住民に対する処遇について,政府として正式に謝罪した。2008年の選挙で単独過半数獲得にいたらなかったが議席数を伸ばし,政権を維持した。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉の解説

ハーパー(Harper)

リベリア南端の港町。パルマス岬ホフマン川の間に位置する。米国メリーランド州からの解放奴隷によって建設された。第19代大統領ウィリアム=タブマンの生地。ゴムのプランテーションがあったが、リベリア内戦で大きな被害を受けた。

出典|小学館
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ハーパー
はーぱー
Stephen Harper
(1959― )

カナダの政治家。オンタリオ州トロント生まれ。高校を優秀な成績で卒業し、トロント大学短期間籍を置いたが、西部アルバータ州エドモントンに移り、石油業界に入る。後にカルガリー大学に入学し直し、経済学修士号を取得した。高校時代から政治運動にかかわり、当初はトルドー自由党政権を支持したが、その産業政策に反発し、1985年に進歩保守党下院議員の政策顧問となる。だが、今度は同党のマルルーニー政権の財政を批判して離反、1987年に創設された西部を地盤とする保守系の改革党に入った。1988年の下院選に出馬するも落選、1993年の選挙で初当選した。その後、右傾化と大衆迎合主義に走る改革党の党首マニングと対立し、1997年に下院議員を辞職。2000年に改革党がカナダ連合に衣替えしたのを機に復党した。2002年3月には党首に選ばれ、同年5月の補欠選挙でふたたび下院議員となる。翌2003年秋には進歩保守党との合併を推進、2004年3月、保守勢力を糾合した新党・保守党の初代党首に選出された。2006年1月の総選挙で中道左派自由党を破り、12年ぶりに保守政権を樹立、首相に就任、2008年10月再任。
 イラク戦争への参加を拒否した自由党前政権下で悪化したアメリカとの関係を修復するため、アフガニスタンへの増派を進めているが、駐留兵の死者が50人を超え、派兵に対する国民の支持が揺らいでいる。分離独立の動きがくすぶるケベック州については「統一されたカナダの中の国家」との位置づけを示した。[宮明 敬]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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