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バトゥーミ Batumi

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

バトゥーミ
Batumi

ジョージア(グルジア)南西部,アジャール自治共和国の首都。トルコとの国境に近い黒海東岸にある港湾都市。中世から知られる都市で,1878年トルコからロシアに割譲された。バクー油田からパイプラインで送られる石油を精製するほか,造船,機械,亜鉛メッキ,家具,製茶などの工業があり,港からは柑橘類,茶,チアトゥラのマンガン鉱などを積出す。亜熱帯気候に属し,冬も暖かく,カフカス地方有数の保養地となっている。フェニックスシュロの並木通りが美しく,北部には熱帯・亜熱帯植物を集めた広大な植物園がある。教育大学,療養医学研究所などがある。トビリシスフミと鉄道,ハイウェーで結ばれ,空港もある。人口 13万 7500 (1991推計) 。

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デジタル大辞泉の解説

バトゥーミ(Batumi)

ジョージア共和国中、アジャール自治共和国の首都。黒海東岸にある港湾都市。アゼルバイジャンバクー油田からのパイプラインが引かれ、石油化学工業が盛ん。古代ギリシャの植民都市に起源し、17世紀以降、オスマン帝国領になり、ロシアトルコ戦争後にロシアに併合された。保養地としても知られる。バツーミ

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百科事典マイペディアの解説

バトゥーミ

ジョージア国内のアジャリア自治共和国の主都で,黒海東岸の港湾都市。パイプラインによってバクーから送られた原油の精製のほか,機械,造船などの工業が行われる。保養地でもある。
→関連項目アジャリアバクー

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世界大百科事典 第2版の解説

バトゥーミ【Batumi】

ザカフカスのグルジア共和国南西部を占めるアジャリア自治共和国の首都で,黒海に臨む。人口13万7000(1991)。17世紀トルコに占領され,1878年露土戦争後のベルリン会議でロシアに併合された。1897‐1907年バクー~バトゥーム(十月革命前のロシア名)間に送油管が敷設され,バクーの石油製品の対外貿易港として発展した。革命・内戦期,トルコ軍,イギリス軍の占領をうけた。1921年3月ソビエト権力が樹立された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

バトゥーミ
ばとぅーみ
Батуми Batumi

ジョージア(グルジア)に属するアジャーリア自治共和国の首都。人口12万4000(2002)。黒海の東岸に位置する港湾都市で、アゼルバイジャン共和国のバクー油田からパイプラインが引かれており、港から石油を移・輸出する。黒海周辺のソチ、オデッサ、イスタンブール、トラブゾンなどの諸都市との間には客船が就航している。また空港もあり、ロシア連邦のモスクワ、クラスノダール、クラスノヤルスク、ウクライナのキエフなどの諸都市と結ばれる。工業が盛んで、石油精製、石油化学、石油プラント製造、船舶修理、電気機器、製茶用機械、柑橘(かんきつ)類缶詰、コーヒー加工などの工場がある。平均気温は1月6.4℃、8月23.2℃、年降水量2500ミリメートルと気候はきわめて温暖多雨で、保養都市となっている。サナトリウム、保養宿泊施設は数多く、水族館、イルカ園、劇場、アジャール民族博物館、北郊ゼリョンヌイ岬付近に熱帯・亜熱帯植物園がある。
 17世紀にトルコが占領、ロシア・トルコ戦争を経た1878年ロシアが領有した。1897~1907年にパイプラインが引かれてから発展し、1921年アジャール自治ソビエト社会主義共和国(1990年よりアジャーリア自治共和国)が成立してその首都となった。[渡辺一夫・上野俊彦]

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