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バハーイ教 バハーイきょうBaha'i faith

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

バハーイ教
バハーイきょう
Baha'i faith

バーブ教の一分派バーブ教教主の高弟ミールザー・フサイン・アリー・ヌーリーがイランにおいて 19世紀後半に開宗。その後迫害を逃れ,パレスチナアコーに拠点を構えた。みずからバハー・アッラー (「神の栄光」の意) と称し,バーブの教義を発展させてすべての宗教の根源は一つであり,人類の平和と連帯のために諸宗教を包括するものとして新宗教を提唱した。現在はイスラエルハイファに教団本部を置き,世界各国で布教活動を行なっている。

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大辞林 第三版の解説

バハーイきょう【バハーイ教】

イスラム教十二イマーム派系で激しい反政府運動を行なったバーブ教から分派した新宗教。一九世紀中葉イランで興った。開祖はバハー=アッラーフと名のったホセイン=アリー(1817~1892)。全宗教の本質的一致、科学と宗教の調和、人類の統合を説く。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

バハーイ教
ばはーいきょう
Bah'

19世紀にイランで生まれた、イスラム・シーア派に起源をもつ新宗教。1844年にミルザー・アリー・ムハンマド(称号「バーブ」。「門」の意)の創始した新宗教バーブ教は、社会改革を唱え、急速にイラン全土に広まったが、戦闘的メシア主義の性格が強かったために、カージャール朝権力によって徹底的に弾圧され、バーブも1850年に異端として処刑された。彼の代表的な著作には『バヤーン』がある。バーブの死後、バーブ教徒の事実上の指導者となったミルザー・フサイン・アリー(称号「バハー・アッラー」。「神の光輝」の意)は1863年に、追放先のバグダード郊外で、自らを、バーブがその到来を預言した「神が顕(あら)わし給う者」であると宣言し、新宗教を開始した。バーブをバハー・アッラーの「先駆者」とみなし、2人とも「神の顕示者」(イスラム教の預言者にあたる)と認めるこの新しい教えは、バーブ教徒の大部分に受け入れられたが、ムハンマド(マホメット)を最後の預言者と考えるイスラム教では異端として攻撃された。バハー・アッラーには『キターブ・アクダス』など数多くの著作があり、聖典として認められている。彼は、オスマン・トルコ政府による監禁状態のなか、パレスチナで没したが、その後、後継者となった、彼の長男アブドゥル・バハーは、欧米に熱心に布教活動を行い、国際的宗教となる基礎を築いた。それとともに、イラン的、イスラム的性格はしだいに薄れ、全人類の平和と統一を説くコスモポリタンな宗教となった。人類の一体性とすべての宗教の融合統一を唱え、科学と宗教の一致、世界平和の達成を目ざしている。
 儀礼面では、1か月が19日、1年が19か月からなるバハーイ暦に従って、毎月1回、礼拝の集会をもつ。バハーイ暦19月(3月2~20日)は断食月で、イスラム教のラマダーン月のように、日中(日の出から日没まで)断食をする。またイスラム教と同じように、アルコール類は禁止されている。
 現在、バハーイ教徒は世界に約300万人いるといわれ、おもにインド、イラン、アメリカ、西ヨーロッパなどに分布している。ただし、イランなどのイスラム教国ではバハーイ教は独立した宗教として認められてはいない。最高機関として、イスラエルのハイファに「万国正義院」があり、その下に、国単位で全国精神行政会、その下に地方精神行政会が置かれている。これらの運営機関のメンバーは信徒間で選出され、僧侶(そうりょ)階級はない。[竹下政孝]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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