コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

パニッツィ Anthony(Antonio) Panizzi

世界大百科事典 第2版の解説

パニッツィ【Anthony(Antonio) Panizzi】

1797‐1879
文学史家。イタリア,モデナ公国の法律家の家に生まれる。1818年パルマ大学卒業後故郷で弁護士として活躍。専制打倒の秘密運動に加担し,22年逮捕されるが脱獄,専制批判の言論活動に従事する。逃亡中死刑の判決を受けるが23年イギリスに亡命した。31年大英博物館司書となる。文学史家としてすぐれた才能を発揮,M.M.ボイアルドL.アリオストのすぐれた版本を校訂編集した。ホイッグ系のH.P.ブルームやH.J.T.パーマストンら政治家とも親しく,彼らのバックアップを受け,56年大英博物館図書館長となり(1866年まで),閲覧室の改善,目録規則の制定,図書購入費の増額など博物館を文化拡散のセンター,公共サービスの機関と位置づける大改革を行い,現在にいたる基礎を築くとともに世界の図書館経営に大きな影響を与えた。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

パニッツィ
ぱにっつぃ
Sir Antonio Panizzi
(1797―1879)

イギリスの司書官、文学史家。イタリアのモデナ公国に生まれ、政府に対する革命に加わり、1823年イギリスに亡命した。イタリア語を教えて生計をたて、1828年ロンドン大学のイタリア語教授に就任。1831年大英博物館図書館司書補になり、イタリア古典の校訂編集や書誌作成に努めた。その後、図書館の改革に貢献し、1837年印本部の管理者となり、厳格な納本制度の強行や図書購入費の補助金獲得に業績をあげた。1856年第6代館長就任とともに図書館の新築に取り組み、とくにその放射状大閲覧室とギャラリーを利用した鉄製の書庫は有名。在任中、重要な図書の収集を図るなど図書館運営の模範を示した。[諏訪内敬司]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

図書館情報学用語辞典の解説

パニッツィ

1797-1879.イタリアのモデナ公国生まれ.近代図書館の生みの親,近代目録法の始祖ともいわれる.英国に政治亡命後,1831年大英博物館に採用され,1837年刊本部長,1856年館長となる.1869年バス上級勲爵士(K.C.B.)の称号を与えられる.蔵書目録の改善に取り組み,1841年,91か条からなる成文化された最初の目録規則Rules for the Compilation of the Catalogueを出版した.資料の収集を重視し,納本制度の徹底を図り,国内資料および国外資料の網羅的収集に努めた.また資料の増加に伴って,大規模な円形閲覧室と鉄製書庫の建設を実現するなど,多くの業績を残した.

出典 図書館情報学用語辞典 第4版図書館情報学用語辞典について 情報

パニッツィの関連キーワード9月16日ボイアルドアリオスト形式標目

今日のキーワード

天網恢恢疎にして漏らさず

《「老子」73章から》天の張る網は、広くて一見目が粗いようであるが、悪人を網の目から漏らすことはない。悪事を行えば必ず捕らえられ、天罰をこうむるということ。...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android