パレ(英語表記)Paré, Ambroise

  • 1510―1590
  • Ambroise Par
  • Ambroise Paré

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

[生]1510/1517. ラバル近郊
[没]1590.12.20. パリ
フランスの医者。ルネサンス期の著名な外科医で,「近代外科の父」といわれる。 1533年頃パリに出て,理髪外科医徒弟を経てオテル・デュー (市立病院) で3年間外科を修業。 37年軍医となり,イタリア戦線で軍陣外科,特に銃創の治療経験を積み,創部を軟膏でなおすなど,種々の治療法を創案した。当時理髪師出身者には異例のサン・コム学院の会員にも推され,52年からアンリ2世,フランソア2世,シャルル9世,アンリ3世の侍医を歴任し,63年外科侍医頭。かたわら一般診療も行い,血管結紮法,義肢などは彼の着想に負う。箴言「われ包帯し神癒やす」は有名。主著"Les Oeuvres de M. Ambroise Paré" (パレ全集) は 17世紀に日本に輸入され,紅毛外科の発展に影響を与えた。

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百科事典マイペディアの解説

フランスの外科医。床屋外科を志してパリに上京し,オテル・ディュ病院で外科術を学ぶ。のち軍医となり,銃創についての治療経験を積みその治療法を一新した。また,四肢切断の際,血管を縛ったり,ヘルニアの手術,骨折や脱臼(だっきゅう)の処置など近代的な外科手術の先駆者となった。
→関連項目手術楢林鎮山

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世界大百科事典 第2版の解説

1510か17ころ‐90
〈近代外科学の〉と称されるフランスの外科医。ラバル近郊で指物師の子として生まれ,床屋外科を志し,1532年か33年ころパリに上京,オテル・ディユ病院で働きながら医学を学んだ。2度の戦役従軍のあと,45年に《火縄銃その他の火器による創傷の治療法》という論文を発表した。52年アンリ2世の王宮付外科医,62年シャルル9世付外科主典に登用され,床屋外科出身で初めて外科師匠maître de chirurgieの資格をとった。

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大辞林 第三版の解説

1510?~1590 フランスの外科医。銃創に対する苦痛のない穏和な療法や血管結紮けつさつ法による止血など新しい術法を導入、解剖学に基づいた科学的外科学の発達を促した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

フランスの外科医。医学史家ガリソンFielding H. Garrison(1870―1935)は、ハンター、リスターとパレを史上最高の3人の外科医とよんだ。ラバル生まれ。床屋外科医に弟子入りし、19歳でパリのオテル・ディユ病院で働いた。1536~1545年イタリアの野戦に従軍、戦傷の治療経験を積んだ。その経験を記した『銃創の処置法』(1545)は名著とされている。ただし、彼は正規の教育を受けなかったので、ラテン語でなくフランス語で書いた。四肢の切断術の改良、とくに止血のために、それまで慣用されてきた焼灼(しょうしゃく)法にかえて血管結紮(けっさつ)を採用して成果をあげている。外科医としての名声が高かったので、学歴をもつ外科医の団体コレージュ・ド・サンコームへとくに入会を許され、またアンリ2世、フランソア2世、シャルル9世の侍医を務めた。彼のことば「私は彼に包帯し、神が彼を癒(なお)した」は、しばしば引用される。[中川米造]

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精選版 日本国語大辞典の解説

(Ambroise Paré アンブロワーズ━) フランスの外科医。軍医として、銃創治療に動脈を結紮(けっさつ)する方法を用いた。多くの外科手術の改良を行ない、「近代外科学の父」と呼ばれる。(一五一〇‐九〇

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世界大百科事典内のパレの言及

【宮殿】より

…場合によっては,と同格のこともある。ヨーロッパでは,英語のパレスpalace,フランス語のパレpalais,ドイツ語のパラストPalast,イタリア語のパラッツォpalazzoといった語に対応するが,それらの意味するところは,地域や時代によって異なる。とりわけパラッツォは,近世以降のイタリアの貴族や大ブルジョア層が築いた壮大な都市住居(邸館)を指した。…

【紅夷外科宗伝】より

楢林鎮山(ならばやしちんざん)(栄休)が編纂(へんさん)した洋方外科書(未刊)。フランスのA.パレの外科全書の蘭訳本をもとに中国系外科書の構成を採り入れ,また他の蘭書あるいは長崎出島蘭館医ホフマンの口授を加味している。貝原益軒の序(1706∥宝永3)があり,仕掛書,金瘡(きんそう)書,金瘡跌撲(てつぼく)図,油之書,膏薬書から成る。…

【手術】より

… 医学の進歩の長い停滞期である中世をすぎてルネサンスを迎えると,北イタリアを中心に宗教から独立した医療が徐々に台頭し,外科のその後の発展への足がかりをつくった。16世紀のフランスのA.パレは理髪師(いわゆる床屋外科医)の出であるが,血管結紮による止血法の採用や四肢切断術の改良などを行い,さらに包帯法,手術器具などを考案し,外科の進歩に対して大きな貢献を果たした。1731年フランスでアカデミーに外科専門学校Académie royale de chirurgieが併設された。…

【床屋】より

…動脈・静脈の学説はイギリスの王室侍医となったW.ハーベーが血液循環説を述べた名著《動物における心臓および血液の運動に関する解剖学的研究》を発表したことによるもので,1628年以後に属する。なお,理髪外科医出身の名高い外科医にA.パレがいる。彼は手腕,人格ともに優れて,フランス国王の外科医頭兼侍医に昇進した。…

【法医学】より

…これは,刑事訴訟上の手続に,法医学鑑定が制度として採用された最初とされる。法医学が,独立した専門分野として形成されたのもこの時期で,フランス法医学の祖とされるA.パレは,この国で初めて法医解剖を行い,1575年には損傷と死に関する論文を刊行した。このころイタリアでは,妊娠期間,胎児の成育,中毒などの鑑定についての法医学の専門書が公刊されている。…

※「パレ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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