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ビディン Vidin

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ビディン
Vidin

ブルガリア北西端,ミハイロフグラド州の都市で,ドナウ川の河港都市。農業と貿易の中心地で,ルーマニアのカラファトと定期フェリーの連絡がある。農業地帯のなかの商業中心地で,ワインの名産地として知られる。前3世紀のケルト人集落を起源とし,のちにローマ人が城塞を築き,ボノニアと称した。 14世紀中頃,ブディンの名で港町として繁栄をみたが,1396年オスマン帝国領となった。 1794~1805年にはパスパンオウルが中央権力の干渉を排除して独立領主としてこの地を支配した。 78年以来ブルガリア領。人口6万 7992 (1991推計) 。

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世界大百科事典 第2版の解説

ビディン【Vidin】

ブルガリア北西部の都市,同名県の県都。人口9万1000(1991)。ドナウ河岸にあり,対岸はルーマニア領。水・陸・空の交通の要衝で,ブドウ,穀物,オリーブなど,ビディン低地の豊かな農産物の集散地でもあり,酪農,食品工業が発達する。町の起源はトラキア人の定住地で,ローマ時代は軍営がおかれ,ボノニアBononiaとして知られた。14世紀末以降はオスマン帝国の支配下に入った。17世紀末に,ローマの城塞の廃墟にオスマン帝国軍がつくった城塞バーバ・ビーダBaba Vidaがドナウ河岸に残る。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ビディン
びでぃん
Vidin

ブルガリア北西部、ドナウ川沿岸の都市。ビディン県の県都。人口7万7500(2001)。ローマが建設したボノニアBononia要塞(ようさい)を起源とする。第一次ブルガリア帝国時代の9~10世紀に要塞が改築されて主教区をもつ都市に発展し、13世紀にはアジア系遊牧民に対する国境地帯の要塞として重要な役割を果たした。そのころ、一帯はイバン・シシマンを君主とする独立公国となり、14世紀後半にはビディン王国の首都となって文芸が栄えた。1396年オスマン帝国の支配下に入り、18世紀末から19世紀初頭、パスパン・オウルが中央の支配に対抗して事実上の支配を確立した。1878年のブルガリア独立直前には2万人の人口を数えたが、トルコ系住民が流出し、西ヨーロッパの安価な工業製品の流入で手工業が急速に衰退した。1923年にソフィアと鉄道で結ばれてから河港として発達し、社会主義時代に工業化が図られ、タイヤ製造業やポリアミドなど化学工業が重要産業となった。ドナウ川対岸のルーマニアのカラファトとはフェリーで結ばれている。市内には、古い起源をもつバーバ・ビーダ城塞Baba Vida、歴史博物館や劇場があり、ここに本拠を置く交響楽団もある。[寺島憲治]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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