ビンビサーラ(英語表記)Bimbisāra

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ビンビサーラ
Bimbisāra

[生]前543頃
[没]前491
古代インド,マガダ国の王 (在位前 550~前 491) 。頻婆娑羅 (びんばしゃら) とも書く。ブッダと同時代,今日のビハール州南部で,部族制の束縛を破って専制国家を築き,周辺の諸国を征服して,マガダ国をコーサラ国と並ぶ北インドの大国とした。ラージャグリハ (王舎城) に都を定め,その周囲では仏教などの新しい宗教が生まれた。仏教の伝説によれば,王は熱心な仏教徒であったが,息子のアジャータシャトルによって幽閉され殺されたという。

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世界大百科事典 第2版の解説

ビンビサーラ【Bimbisāra】

前546ころ‐前494ころ
古代インド,釈迦と同時代のマガダ国王。漢語では頻婆娑羅(びんばしやら)。ビハール南部のラージャグリハ(王舎城)に都を建設し,北東のアンガ国などを併合して,コーサラ国と並ぶ強大な王国を築いた。王のもとで,マガダ国は文化の一大中心地となり,仏教やジャイナ教の開祖などが新しい宗教を説いた。晩年,息子のアジャータシャトルに幽閉されて殺されたといわれる。【山崎 利男】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ビンビサーラ
びんびさーら
Bimbisra
(前558ころ―前491ころ)

古代インド、マガダ国の王(在位前543ころ~前491ころ)。漢訳仏典では頻婆娑羅(びんばしゃら)と記す。アンガ国を征服して東方に進出し、北方の強敵コーサラ国やリッチャビ人から妃を迎えるなど、巧みな外交政策を推進するとともに、行政、軍事、徴税など内政上の改革を断行し、王国発展の基礎を築いた。ブッダ(釈迦(しゃか))やジナ(マハービーラ。ジャイナ教の祖)の庇護(ひご)者としても知られる。晩年は不幸で、王子アジャータシャトル(阿闍世(あじゃせ))に幽閉され殺されたといわれる。[山崎元一]

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世界大百科事典内のビンビサーラの言及

【韋提希夫人】より

…釈迦と同時代の中インド,マガダ(摩掲陀)国ビンビサーラ王の妃。夫人は妃の意。…

【ラージャグリハ】より

…現在のビハール州の中央部に位置するラージギルRājgirにあたる。ビンビサーラ(頻婆娑羅)王によって造営されたといわれる旧城跡と,その子アジャータシャトル(阿闍世)王による新城の遺跡がある。7世紀の玄奘はたび重なる火災のために新たに新城が建設されたことを伝えている。…

※「ビンビサーラ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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