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ファイニンガー Feininger, Andreas (Bernhard Lyonel)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ファイニンガー
Feininger, Andreas (Bernhard Lyonel)

[生]1906.12.27. パリ
[没]1999.2.18. ニューヨーク
アメリカの写真家。画家 L.ファイニンガーの長男。 1925年バウハウスを卒業し,28年ツェアブスト市立建築学校卒業。 33~39年スウェーデンで建築・工業写真家として活躍。 39年に父とともにニューヨークに移住した。 41~42年従軍記者。 43~62年『ライフ』誌の写真スタッフとして活躍した。著書に『創造的な写真家』 (1955) ,"The World Through my Eyes" (63) ,"New York" (64) ,"The Complete Photographer" (65) ,"Trees" (68) ,『ファイニンガーの完全なる写真』 (69) ,"The Mountains of the Mind" (77) などがある。

ファイニンガー
Feininger, Lyonel (Charles Adrian)

[生]1871.7.17. ニューヨーク
[没]1956.1.13. ニューヨーク
アメリカの画家。 1887年に音楽を学ぶためドイツに渡ったが絵画に転向,93年までハンブルク,ベルリン,パリで絵を学んだ。最初はドイツの雑誌や『シカゴ・トリビューン』などに漫画を寄稿していたが,1910年以降,分光器で分割したような透明な色彩と構図をもつ独自の画風をつくりだした。 13年にベルリンにおける「青騎士」展に出品。 19年にワイマールバウハウスの教授となり,W.カンディンスキーや P.クレーと交遊をもったが,バウハウスの閉鎖により 39年帰米。 39年にニューヨーク万国博覧会の壁画を制作,44年にはニューヨーク近代美術館で回顧展が開かれた。

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百科事典マイペディアの解説

ファイニンガー

米国の画家。ニューヨーク生れ。渡欧してハンブルクベルリンで学び,パリでキュビスムの影響を受けた。1919年―1933年バウハウスの教授を務め,1937年帰米。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ファイニンガー
ふぁいにんがー
Lyonel Feininger
(1871―1956)

アメリカのキュビスム画家。ドイツ系アメリカ人の子としてニューヨークに生まれる。16歳のとき音楽修業のためドイツに渡ったが、途中で美術に転向。パリで政治漫画を描いていたが、セザンヌやゴッホの作品を見て絵画に専念するようになる。まもなくドローネーと接触し、オルフィック・キュビスムでドイツのゴシック建築をはじめ市街、橋梁(きょうりょう)、汽船などを描いたりしている。1913年ドイツ表現主義の「青騎士」グループに加わる一方、ワイマールのバウハウスに招かれて教えたが、ナチスの台頭後37年にアメリカに帰った。39年のニューヨーク万国博覧会で壁画を担当したことは有名。[桑原住雄]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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