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フィボナッチ フィボナッチFibonacci

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

フィボナッチ
Fibonacci

[生]1170頃.ピサ
[没]1240頃.ピサ
イタリアの数学者。 Fibonacciは filius Bonacci (ボナッチの息子) を略した呼び名で,ピサのレオナルド Leonardo de Pisaとも呼ぶ。生涯について詳しいことは知られていない。子供の頃,ピサの商人であった父が北アフリカのブギアの執政官に任命されたので,父について北アフリカに行き,その後エジプト,シリア,ギリシア,プロバンスを旅行して種々の記数法と計算法を学び,インド・アラビア記数法の長所を知る。帰国2年後 (1202) に書いた数学書を 1228年に改訂,『算盤書』の名で出版した。この本は位取り原理の説明,演算の際の数字の使い方の説明のほか,商業数学を述べたもので,広く読まれ,近代ヨーロッパにインド・アラビア記数法を広げるのに役立った。彼はまた神聖ローマ帝国のフリードリヒ2世の保護を受け,皇帝の側近の学者たちと数学の問題や解法を交換し合った。 25年の著書『平方数の本』はフリードリヒ2世に捧げられた。この本は数論の歴史において見逃せないものである。このほかにユークリッドの『原本』に基づいて『実用幾何学』 (20) を書いている。

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デジタル大辞泉の解説

フィボナッチ(Leonardo Fibonacci)

[1180ころ~1250ころ]イタリアの数学者。ヨーロッパにアラビア数学を紹介した。ユークリッドの幾何学の紹介や回帰数列フィボナッチ数列でも知られている。著「算盤の書」「平方の書」。ピサのレオナルド。

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百科事典マイペディアの解説

フィボナッチ

イタリアの数学者。レオナルド・ダ・ピサLeonardo da Pisaともいう。商用で地中海沿岸を旅行し数学の知識を集め,ピサに帰ってから《アバクスの書》(1202年)を書き,ヨーロッパにアラビア記数法を紹介。
→関連項目アラビア数字モデュロール

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ワイジェイFX用語集の解説

フィボナッチ

始めに0があり、その0に1を足して1になり、1に1を足して2になり、と続くAn+2=An+An+1の関係にある
数列の事。フィボナッチ級数がエリオット波動理論の数学的基礎となっており、1.618や0.618、0.382という数値は、
「フィボナッチ級数」または「黄金分割比」といわれ、相場にも様々な形で応用されています。

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世界大百科事典 第2版の解説

フィボナッチ【Fibonacci】

1170ころ‐1240以後
キリスト教的ヨーロッパ世界が生んだ最初の偉大な数学者。レオナルド・ダ・ピサLeonardo da Pisa,レオナルド・ピサーノLeonardo Pisanoともいう。地中海地域の商業活動に携わるかたわら,高度に発達したアラビア数学の技法を身につけ,後世に大きな影響を与える著作を書いた。その名声は,時の神聖ローマ帝国皇帝フリードリヒ2世にも届き,晩年にはピサ共和国から〈卓越し学識あるレオナルド〉の名を与えられ,年金を供与されたことが記録に残されている。

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大辞林 第三版の解説

フィボナッチ【Leonardo Fibonacci】

1180頃?~1250頃?) イタリアの数学者。「算盤の書」を著し、アラビアの算術・代数学をヨーロッパに紹介。フィボナッチの数列に名前が残る。ピサのレオナルド。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

フィボナッチ
ふぃぼなっち
Fibonacci
(1174ころ―1250ころ)

中世イタリアの数学者。ピサの貿易商ボナッチの子で、フィボナッチはボナッチの息子の意の俗称。レオナルド・ピサーノLeonard Pisanoともよばれる。商人として計算法を学び、商用も兼ねて各地を遍歴し、アラビア数学の知識を得た。
 1202年『算術の書』を著し、後年改訂増補して大著『そろばんの書』Liber Abaciとした。この本はインド・アラビア式記数法、計算法、比例算から、級数や不定方程式にまで及ぶ。有名なフィボナッチ級数(フィボナッチ数列ともいう)は、1対のウサギがnか月で何対になるかというウサギの増殖問題としてその第12章に扱われている。ヨーロッパ各国で広く読まれ、位取り記数法の普及をはじめ、ヨーロッパの数学の発展に大きな影響を与えた。
 ことばによる記号を使わない代数学は当時の水準を超えた優れたもので、むしろ15~16世紀の数学者に受け継がれた形である。1225年には神聖ローマ帝国のフリードリヒ2世の挑戦を受けて数学の試合を行い、二次方程式や三次方程式の近似解を求めた。そのほか、幾何学や数論の著作もあり、傑出した学者であった。[一松 信]

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世界大百科事典内のフィボナッチの言及

【数学】より

…8世紀にはイスラム文化は地中海東部よりスペインにも及ぶようになるが,11世紀より13世紀にかけ,キリスト教徒は十字軍を組織して東方に遠征し,そこでも東西文化の接触が起こる。13世紀のフィボナッチ(ピサのレオナルド)は東方に旅行したイタリアの商人であるが,アラビアで行われていた計算技術や代数学を含む《算盤の書》(1202)を著した。そのころから代数学がイタリア,ついでヨーロッパ全土に知られ,漸次発達するようになる。…

【数学教育】より

…ローマ数字を使っていたヨーロッパ人は,平行線を引いた板上で日本のそろばんと同じように小円板を動かして計算をしていた。ピサの商館員フィボナッチは,0と位取りの原理をもつインド数字を使うアラビア人の計算法の本を出版した(1202)。この筆算は漸次ヨーロッパに広がり,200~300年の間にそろばん風の計算法は大陸の大部分から姿を消した。…

※「フィボナッチ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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