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フィロン[アレクサンドリアの] Philōn

世界大百科事典 第2版の解説

フィロン[アレクサンドリアの]【Philōn】

前25か20‐後45か50
ユダヤ的伝統とギリシア的教養を身につけた著名な哲学者。一般にフィロ・ユダエウスPhilo Judaeusの通称で知られる。アレクサンドリアの裕福なユダヤ人の家庭に生まれた。当時のアレクサンドリアはプトレマイオス王家の支配のもとに栄えたギリシア的文化都市であったが,多数のユダヤ人が居住し(この時代のエジプト全体のユダヤ人の人口は100万をくだらなかったという),彼らに特別の自治権が認められていた。これら離散(ディアスポラ)のユダヤ人にとって最も切実な問題は,彼らの父祖の教えである旧約聖書とその文化的背景であるギリシア思想との調和を,いかにしてはかり,かつユダヤ思想の優位性をいかに弁証するかということであった。

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世界大百科事典内のフィロン[アレクサンドリアの]の言及

【アレクサンドリア】より

…ユダヤ人が多く住んだことが一つの原因である。前3世紀に《七十人訳聖書》が当地で成ったが,後1世紀にはユダヤ人哲学者フィロンが出て旧約聖書をプラトン哲学で解釈する道を開いた。彼は愛国的なアレクサンドリア市民としてローマに使いし,ユダヤ教の立場から皇帝崇拝免除を直訴したこともある。…

【ユダヤ哲学】より

…彼らが最初に接した外来思想はギリシア思想であるが,その影響はすでに《伝道の書》を初めとして,アレクサンドリアの一部の文献(旧約外典,および偽典)に現れている。ユダヤ思想とギリシア思想との調和の問題を本格的に取り上げた最初の哲学者がフィロンである。他方パレスティナやバビロンの正統派のユダヤ教においては,以上のような外来思想の影響から離れ,それ自体の内部で,いかにして〈モーセ律法〉を彼らの現実的な日常生活に適用するかという問題が,前2世紀から5世紀にかけて,律法学者や教師によって論議されてきた。…

※「フィロン[アレクサンドリアの]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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