アレクサンドリア(英語表記)Alexandria

翻訳|Alexandria

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アレクサンドリア
Alexandria

アメリカ合衆国,バージニア州北東部,ワシントン D.C.の南,ポトマック川の西岸に位置する都市。 1695年入植。コムギ,タバコなどの貿易港として栄えた。 1791~1847年までワシントン D.C.の一部であったが,南北戦争以後分離した。ワシントン D.C.やボルティモアの成長に伴って郊外住宅地の役割をになうようになった。現在,バージニア州北部の商業の中心地で,鉄道工業が盛ん。市内には,G.ワシントン,R.リーらの旧邸や記念堂をはじめ 18世紀の建物などがみられる。人口 13万9966(2010)。

アレクサンドリア
Alexandria

アメリカ合衆国,ルイジアナ州の都市。ミシシッピ川の支流レッド川の南岸に位置する。 19世紀初頭以来河港として栄えた。南北戦争の際には戦火のために町は廃虚と化したが,その後,鉄道の開通によって復興した。周辺は広大な農業地帯で,農産物や木材,畜産物などの集散地であり,綿織物,食品加工などの軽工業も行われる。近くには温泉保養地やレクリエーション地域がある。人口4万 9188 (1990) 。

アレクサンドリア
Alexandria

現地名でイスカンダリーヤ Al-Iskandarīyah。エジプト第2の都市。最大の貿易港で,地中海に面して細長く横に延びる。アラブの避暑地として有名。綿花,野菜類,果実の積出港。化学,繊維,食品,造船などの工業があり,世界最初の綿花先物取引市場が成立した商業の中心地でもある。国際空港がある。アレクサンドロス大王のエジプト征服後,前 332年に建設されたこの町は,ヘレニズム文化の中心地であった (→アレクサンドリア〈古代〉) 。人口 317万 (1990推計) 。

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

アレクサンドリア

紀元前331年にアレクサンドロス大王によって建設された。古代エジプト・プトレマイオス朝の首都が置かれ、ヘレニズム文化圏の芸術・経済の中心地となった。女王クレオパトラ7世の時代、カエサルらの進出を受け、その後ローマの支配下に入った。古代都市は8世紀ごろまでに、度重なった地震や海水面の上昇などによって水没したとみられている。現在はカイロに次ぐエジプト第2の都市。ナイル川デルタの北西端に位置し、約400万人の人口を抱える。

(2009-03-12 朝日新聞 朝刊 東特集A)

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百科事典マイペディアの解説

アレクサンドリア

地中海にのぞむエジプトの港湾都市。アラビア語でイスカンダリーヤ。同国最大の貿易港で,主要輸出品は綿花。セメント,自動車,機械工業が行われる。アレクサンドリア大学(1942年創立)がある。前331年アレクサンドロス大王が建設。プトレマイオス朝の首都として栄え,ヘレニズム時代にはムセイオン,大図書館,研究所,世界七不思議の一つファロス灯台などを備え,文化の一大中心となる。2世紀末にはアレクサンドリア教校を備え,初期キリスト教史上にも重要な役割を果たした(アレクサンドリア学派)。7世紀ウマイヤ朝に征服された。402万8000人(2006)。
→関連項目アキレウス・タティオスアレクサンドリア(古代)エジプト(地域)プトレマイオス[1世]プトレマイオス王国

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デジタル大辞泉プラスの解説

アレクサンドリア

2009年公開のスペイン映画。原題《Ágora》。ローマ帝国末期のエジプト・アレクサンドリアを舞台に、実在した女性天文学者ヒュパティア半生を描く。監督:アレハンドロ・アメナーバル、出演:レイチェル・ワイズ、マックス・ミンゲラ、オスカー・アイザックほか。

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世界大百科事典 第2版の解説

アレクサンドリア【Alexandria】

アメリカ合衆国バージニア州北部の住宅都市。人口11万3000(1994)。ポトマック川を挟んで首都ワシントンに接し,ワシントンの住宅都市となっている。連邦政府の諸機関や科学・工業関係の研究施設が多く,肥料,化学製品,農業機械の工場もある。1730年代に定住が始まり,79年に町制,1852年に市制施行。歴史的建物が多く,郊外のマウント・バーノンMount Vernonには初代大統領ワシントンの家がある。

アレクサンドリア【Alexandria】

エジプト北部,地中海にのぞむ港湾都市。同国のアレクサンドリア州の州都。アラビア語ではイスカンダリーヤal‐Iskandarīya。人口291万7300(1986)。首都カイロに次ぐ同国第2の近代都市。北の地中海と南のマレオティス湖に挟まれるが,鉄道,道路,航空路はエジプト各地と結ばれている。またスエズ運河と地中海の接点であるポート・サイドと並ぶ大貿易港として注目されている。港は東港と西港に分かれており,その中間には古代の七不思議として有名なファロスの灯台跡やラース・アッティーン宮殿のある半島が地中海に突き出すような形をしている。

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大辞林 第三版の解説

アレクサンドリア【Alexandria】

エジプト北部、地中海岸にある港湾都市。紀元前332年ナイル川の三角州の西端にアレクサンドロスによって建設され、プトレマイオス朝の首都となり、ヘレニズム文明の中心として栄えた。大灯台・ムセイオン(研究所)があったことで名高い。アレキサンドリア。
アレクサンドロスが、征服した各地に自分の名を冠して創建した植民都市。

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世界大百科事典内のアレクサンドリアの言及

【エジプト】より

… 北アフリカの砂漠地帯を貫いて北流するナイル川がエジプトの生命線である。デルタ北西端のアレクサンドリアの年間降雨量204mm,カイロ30mm,ミニヤー以南の上エジプトはほとんど0に近いという,オリエントでは砂漠につぐ乾燥地帯にあり,ナイル川の浸食作用により形成された河谷および河口に,川が上流より運んできた肥沃な沖積土が堆積してつくりあげた土地(ナイル河谷約2万2000km2,デルタ約1万3000km2)だけが,人間の生存と農耕に不可欠な水を得て,人間生活の舞台となった。この状況は,灌漑地域の拡大による近年の生活空間の広がりにもかかわらず,基本的には変わっていない。…

【ガラス工芸】より

…しかし異民族の侵入で新王国が滅ぼされ,前9世紀から約200年ほどガラス工芸は空白の時代を過ごした後に,前6世紀初めより再興して前1世紀まで古来の伝統を温存した。とりわけ前3世紀ころよりミルフィオリ・グラス(千の花のガラスの意)と呼ばれる華麗な総花柄文様のモザイク・ガラス器や細密な人物・動物・植物・幾何学文様を断面に作りだしたモザイク装飾板などがアレクサンドリアを中心に生産され,ガラス工芸最大の中心地となっていった。
[ローマ・ガラス]
 その後ローマ帝国が出現して,アフリカ北岸地帯から地中海東岸地帯はその属領に入り,アレクサンドリアからシリア海岸一帯がガラス工芸の中心地となった。…

【デイノクラテス】より

…ラテン語名はディノクラテスDinocrates。アレクサンドロス大王の遠征に随行し,エジプトで新都市アレクサンドリアの造営に参画した。ウィトルウィウスは,彼がヘラクレスの扮装で大王に近づき,アトス山を男身像に造り,左手に大都市を,右手にダムをのせる提案をして大王の好遇を得た,と述べる。…

※「アレクサンドリア」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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