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フラー フラー Fuller, John Frederick Charles

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

フラー
フラー
Fuller, John Frederick Charles

[生]1878.9.1. ウェストサセックス,チチェスター
[没]1966.2.10. コーンウォール,ファルマス
イギリスの陸軍軍人,軍事評論家。南アフリカ戦争に従軍,第1次世界大戦で戦車隊を指揮し,ソンム,カンブレーの戦い (1917) で戦車による新作戦を用いて成功。 1918年連合軍機甲部隊の指揮官として活躍,第1次世界大戦を勝利へ導いた。

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フラー
フラー
Fuller, Loie

[生]1862.1.15. イリノイフラーズバーグ
[没]1928.1.1. パリ
アメリカの舞踊家。正規の舞踊教育を受けず,幼少からショービジネスの舞台を踏んだ。 1891年頃からスカーフやロングスカートなどを巧みに使うコスチュームダンスを考案し,独舞で踊った。

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フラー
フラー
Fuller, Lon Luvois

[生]1902.6.15. テキサス,ハーフォード
[没]1978.4.8. マサチューセッツケンブリッジ
アメリカの法哲学者。スタンフォード大学卒業後,オレゴン,イリノイ,デュークの各大学で教え,1939年にハーバード大学に移り,48年から法哲学講座を担当。自然法論者と目されたが,形而上学的な自然法論に対しては批判的で,共同生活を可能ならしめる社会秩序の原理という,いわば技術的な自然法を経験的に探求しようとした。

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フラー
フラー
Fuller, (Sarah) Margaret

[生]1810.5.23. マサチューセッツ,ケンブリッジポート
[没]1850.7.19.
アメリカの女流評論家。父親のきびしい知的訓練を受け,10歳足らずで数ヵ国語に熟達し,ヨーロッパ文学にも親しんだ。エマソンその他の超絶主義者たちと交わり,機関誌『ダイアル』を編集 (1840~42) するかたわら,婦人の意識向上のためのクラスを開設 (39~44) 。

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フラー
フラー
Fuller, Melville Weston

[生]1833.2.11. メーンオーガスタ
[没]1910.7.4. メーン,ソレント
アメリカの法律家。シカゴ弁護士として成功。 1888~1910年第8代連邦最高裁判所長官。伝統的な個人の権利および財産権を擁護し,法の厳格な解釈者として知られる。

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フラー
フラー
Fuller, Richard Buckminster

[生]1895.7.12. マサチューセッツ,ミルトン
[没]1983.7.1. ロサンゼルス
アメリカの発明家,建築家,技術家,詩人,思想家。ハーバード大学中退。第1次世界大戦に従軍中,新式の救命具の考案が認められ,海軍兵学校の教官に任命される。戦後,義父と共同で建築会社を設立 (1922) 。

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フラー
フラー
Fuller, Roy (Broadbent)

[生]1912.2.11. ランカシャー,オールダム
[没]1991.9.27. ロンドン
イギリスの詩人,小説家。オーデンらの影響で社会意識の強い作品を書いた。『戦いのさなか』 The Middle of a War (1942) ,『失われた季節』A Lost Season (44) ,『墓碑銘と偶作』 Epitaphs and Occasions (49) を経て,『ブルータスの果樹園』 Brutus's Orchard (57) では心理的哲学的な傾向を強めた。

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フラー
フラー
Fuller, Thomas

[生]1608.6.19. 〈洗礼〉ノーサンプトンシャー,アーニクル
[没]1661.8.16. ロンドン
イギリスの聖職者,歴史家。内乱が起ると王党派の従軍牧師となり,王政復古後はチャールズ2世教会堂牧師に任命された。『聖戦の歴史』A History of the Holy War (1639) ,クロムウェルを風刺した『アンドロニカス,不運な政治家』 Andronicus,or the Unfortunate Politician (46) ,小伝を集めた『イギリス名士列伝』 History of the Worthies of England (62) などがある。

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デジタル大辞泉の解説

フラー(hurrah)

[感]歓呼・喝采(かっさい)の叫び。万歳。

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百科事典マイペディアの解説

フラー

英国の陸軍軍人,戦略家。ボーア戦争に参加,第1次大戦では英国戦車隊の参謀として,戦車の有効利用の戦術を考案。戦車を中心にした奇襲攻撃こそが勝利を決定づけるとする軍の機械化構想を主張したがいれられず,1933年に退官。

フラー

米国の技術家,デザイナー,建築家。マサチューセッツ州生れ。ハーバード大中退。第1次世界大戦で海軍に入隊。1927年より〈最小のエネルギーで最大の意味を引き出す〉意味の造語からなる〈ダイマクションDymaxion計画〉を推進し,住宅や自動車の設計を行う。
→関連項目フォスター

フラー

米国の映画監督。マサチューセッツ州生れ。新聞記者をへて小説を数点発表した後,脚本家に転向。《地獄への挑戦》(1949年)で監督デビュー。《拾った女》(1953年),日本ロケを行った《東京暗黒街・竹の家》(1955年),西部劇《四十挺の拳銃》(1957年)などの犯罪・アクション映画で注目される。

フラー

米国の作家,評論家。子を女性だと認めたくなかった父親の意向で,当時の男子の古典教育を受けた。早くから知的な話術で評判となる。1836年にはエマソンに感銘を受け,家族を離れてボストンで生活を始め,1839年にはトランセンデンタリズム運動の成立に関わる。

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世界大百科事典 第2版の解説

フラー【John Frederick Charles Fuller】

1878‐1966
イギリスの陸軍少将,軍事評論家,戦史家。チチェスターの生れ。ボーア戦争に参加,第1次世界大戦ではイギリス戦車隊参謀として,史上初の戦車の大量集結,奇襲的運用で成功したカンブレーの戦闘の計画に参加,また1918年以降の連合軍の攻勢における戦車運用を計画,戦後も将来戦は戦車を中心とする快速の機動戦であるとして,軍の装甲機械化を主張した。しかし軍の主流とはなりえず,33年退役,その後は軍事評論,新聞社特派員として著述に専念した。

フラー【Lon Lovins Fuller】

1902‐78
現代アメリカの代表的法哲学者。1948年以降R.パウンドの後を継ぎハーバード大学教授。フラーは法を定義して〈人間の行動を規則(ルール)に従わせようとする企てである〉と,一種行動主義的に規定する。この規則が国家権力の命令でなく,これを日常的に扱う法律実務家の努力の所産たる命令であるという点で,オースティンケルゼン法実証主義はしりぞけられるが,この法を内的に支える道徳が最高の自己完成を目ざしての〈実体的〉自然法ではなく,法の一般性の確立,公布の必要,無矛盾性や明瞭性,不遡及などを求める低次の〈手続的〉自然法であるという点で,通常の自然法論者とも異なる。

フラー【Richard Buckminster Fuller】

1895‐1983
アメリカの技術家,デザイナー,建築家。マサチューセッツ州ミルトンMilton生れ。ハーバード大学中退。第1次大戦中に入った海軍の時代が,この独創的な技術家の形成期となる。宇宙あるいは自然を〈人間の,理解され,伝達された経験の集合〉とみなし,それをエネルギーenergyとシネルギーsynergyの複合体ととらえる立場から,一連のテクノロジー開発を推進。その一つが1927年に始まる〈ダイマクション計画〉である。

フラー【Sarah Margaret Fuller】

1810‐50
アメリカの作家,評論家。幼少から父親の厳しい教育を受け,10代でヨーロッパの古典から近代までの作品を学び,ハーバードの知識人とも親しく交わった。1839‐44年,ボストンで〈会話〉集会を組織し,当時のインテリ女性や超越主義者(トランセンデンタリズム)たちと,芸術,倫理,信仰,女性などさまざまな問題を語り合い思想を深めていった。〈会話〉の内容は著書《19世紀の女性》(1845)にも示されており,社会的制約からの女性の解放を唱えた。

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大辞林 第三版の解説

フラー【Fuller】

〔Richard Buckminster F.〕 (1895~1983) アメリカの技術者。細い部材を組み合わせて球形をつくるジオデシック-ドーム(フラー-ドーム)などの建築で知られる。代表作にモントリオール万国博アメリカ館など。

フラー【hurrah】

( 感 )
歓喜・喝采かつさいなどの意を表す語。フレー。

出典|三省堂
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世界大百科事典内のフラーの言及

【機甲部隊】より

…その後集団用法の採用,機動力の向上に努めた連合軍は戦車によって戦況の打開に成功した。第1次世界大戦後,イギリスのJ.F.C.フラー,B.リデル・ハートらは敵の指揮中枢を一挙に打撃して勝敗を決する機甲部隊の創設を提唱したが,現実にはドイツにおいてA.ヒトラーの支持を得たH.グーデリアンがこれを最初に建設した。第2次世界大戦においてこの機甲部隊が急降下爆撃機と連係して電撃戦を実施し成果をおさめた。…

【契約】より

…たとえ信頼関係に裏づけられた人間関係の中でも,契約関係は明瞭に定めるという習慣が必要となっているのである。現代の法哲学者L.L.フラーは,親密な関係と敵対的関係においては秩序づけの原理としての契約は適当ではなく,〈好意をよせあう他人〉の間でのみ契約が機能するといった考え方を提示したが,このような考え方が契約関係の最も困難な点を表現しているとみてもよい。【小坂 勝昭】
[日本史上の〈契約〉]
 約束すること,また言い交わすことで,用語としては現代とほぼ同じだが,必ずしも法律的用語として限定されてはおらず,現代の日常語としての約束にちかい。…

【トランセンデンタリズム】より

…超越主義,超絶主義と訳す。エマソンの《自然》(1836)出版後,彼の周囲に集まったユニテリアン派の牧師たち(ヘッジFrederic H.Hedge,T.パーカー,リプリーGeorge Ripley,W.E.チャニングら),随筆家H.D.ソロー,教育家A.B.オールコット,批評家S.M.フラー,詩人チャニングWilliam E.Channing,ベリーJones Veryなどがその代表者である。彼らの討論会が〈超越クラブTranscendental Club〉と報道され,この言葉が彼らの思想の名称となった。…

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