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フリートレンダー

百科事典マイペディアの解説

フリートレンダー

ドイツの美術史家。ベルリン生れ。ベルリンのカイザー・フリードリヒ美術館(現,ダーレム美術館)絵画部長を務めたのち1938年アムステルダムに亡命。15―16世紀のネーデルラント絵画研究の権威

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世界大百科事典 第2版の解説

フリートレンダー【David Friedländer】

1750‐1834
ドイツのユダヤ人啓蒙思想家。東プロイセンのケーニヒスベルク(現,ロシア連邦のカリーニングラード)出身。ベルリンに出て絹織物工場を営み,M.メンデルスゾーンの友人となり,彼の提起したユダヤ人解放とドイツ市民社会への同化の道をよりいっそう推進した。1778年にユダヤ人の自由学校をつくり,また1809年にはユダヤ人として初めてベルリン市会議員となった。【山下 肇】

フリートレンダー【Max Jacob Friedländer】

1867‐1958
ドイツの美術史家。ベルリンに生まれ,ミュンヘンフィレンツェなどに学んだ後,ベルリンのカイザー・フリードリヒ美術館(現,ダーレム美術館)に入り,後に絵画部長。ブリューゲルなどの購入によってコレクションを充実させる。ユダヤ人であったためナチスの台頭に伴い,1938年オランダへ亡命。オランダ滞在中は著述に専念し,大著《初期ネーデルラント絵画》全14巻(1924‐37)を完成。鑑定家としての彼はまれに見る直観力に恵まれた,いわゆる目ききのタイプで,作者ないし作品の様式的特徴を看破し,これを明晰で簡潔な文章で語ることにもすぐれる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

フリートレンダー
ふりーとれんだー
Max Jacob Friedlnder
(1867―1958)

ドイツの美術史学者。ミュンヘン、ケルン、ベルリンなどの美術館で研究、のちベルリンの国立美術館館長を務め、元館長であったボーデWilhelm von Bode(1845―1929)とともにその発展に尽力した。晩年ナチスの時代にオランダのアムステルダムに移住(1938以降)、同地で没した。とくに15、16世紀のネーデルラントおよびドイツの絵画を綿密に研究し、この分野での最高権威として認められている。また美術鑑定家としても第一人者であった。主著に『15、16世紀のネーデルラント絵画』(1903)、『ファン・アイクからブリューゲルまで』(1916)、『芸術と芸術批評』(1942)ほかがある。[鹿島 享]

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世界大百科事典内のフリートレンダーの言及

【鑑定】より

…モレリはまた鑑定においてはそれまでほとんど使われることのなかった写真の利用を最初に唱えた一人でもあった。一方,ドイツ人のボーデWilhelm von Bode(1845‐1929)やM.J.フリートレンダーは長年の経験による直観力を重視する,いわゆる〈目利き〉のタイプである。現代の鑑定はこれらの方法に加え,科学技術の長足の進歩を反映して,物理的・化学的方法をも多分にとり入れている。…

※「フリートレンダー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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