コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

ブレンナー峠 ブレンナーとうげ Brenner

2件 の用語解説(ブレンナー峠の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ブレンナー峠
ブレンナーとうげ
Brenner

イタリア語ではブレンネロ峠 Passo del Brennero。東部アルプスの西寄り,オーストリアイタリアとの国境にある峠。標高 1375m。イタリア北部のベロナとオーストリアのインスブルックとを結ぶ道路が通じる。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ブレンナー峠
ぶれんなーとうげ
Brennerpa

ヨーロッパ・アルプスの南北を結ぶ峠。標高1370メートル。日本ではブレンネル峠ともいう。オーストリアとイタリアの国境に位置し、黒海とアドリア海へそれぞれ注ぐ河川の分水界にあたっている。アルプス越えの重要な峠としてはもっとも低所にあり、1年を通じて自動車の通行が可能で、交通経済上の価値が高い。先史時代より「琥珀(こはく)の道」として知られ、ローマ時代にはすでに交通の要衝となり、北のマトライや南のビピテーノはローマ軍の宿駅であったし、中世には神聖ローマ帝国の南北を結ぶ掛け橋であった。1867年ブレンナー鉄道が峠を越えて通じ、貨客輸送量が増大したが、さらに1973年インスブルックとボルツァーノを結ぶ有料アウトバーンが開通し、南北交通はいっそう活発となった。1934年ナチスによるオーストリア首相ドルフースの暗殺に対しイタリアのムッソリーニは峠に軍隊を派遣してドイツ・オーストリア合邦を牽制(けんせい)した。ドイツのポーランド進攻後の40年3月、ここでムッソリーニとヒトラーとの間に日独伊三国同盟の結成が話し合われ、6月のイタリア参戦を促し、10月にも再度会談がもたれ、第二次世界大戦の拡大を決定的にした。[前島郁雄・進藤牧郎]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ブレンナー峠の関連キーワードギリシアシチリア派イタリアンブレンネル峠モネロン島アルジェのイタリア人スイス・イタリア語放送管弦楽団テレビ テレビでイタリア語ラジオ まいにちイタリア語パラゴーネ

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone

ブレンナー峠の関連情報