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プレームチャンド プレームチャンド Premcand

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

プレームチャンド
プレームチャンド
Premcand

[生]1880.7.31. ラムヒー
[没]1936.10.8. ワーラーナシ
インドヒンディー語の小説家。本名 Dhanpat Rāy。農村に生れ,苦学して教員,視学官,作家,編集者生活を続け,短編小説約 300,長編小説 11その他を残した。代表作『休護所』 Sevā Sadan (1918) ,『愛の道場』 Premāśram (22) ,『人生劇場』 Ranˈgbhūmi (24) ,『行動の広場』 Karmbhūmi (32) ,『牛供養』 Gōdān (36) 。

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百科事典マイペディアの解説

プレームチャンド

インドの作家。本名ダンパト・ラーエ。1909年ナワーブ・ラーエの筆名で短編集《愛国心》を発表したが,英国を侮辱したとの理由で焚(ふん)書にあった。1910年以降プレームチャンドの筆名を用いる。

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世界大百科事典 第2版の解説

プレームチャンド【Premchand】

1880‐1936
インドのウルドゥー語およびヒンディー語の作家,編集者。本名ダンパト・ラーエDhanpat Rāy。ワーラーナシー近郊の農村に生まれ,苦学して教員,作家,編集者生活を続け,短編小説300余,長編小説11,その他を残した。ウルドゥー語を学び,ウルドゥー大衆小説に読みふけり,1903年よりナワーブ・ラーエの筆名でウルドゥー語で執筆。08年に《愛国心》刊行,翌年,発禁・焚書処分を受ける。10年より筆名をプレームチャンドとかえる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

プレームチャンド
ぷれーむちゃんど
Prmchand
(1880―1936)

インドのヒンディー語およびウルドゥー語の小説家。本名ダンパト・ラーエ、筆名ナワーブ・ラーエ。郵便局員の子として生まれ、9歳で母を、17歳で父を失い、苦労して高校を卒業。1905年カーンプルに学校教師として赴任、ウルドゥー語誌『ザマーナ』の編集長と親交を結び、ウルドゥー語の作品を発表し始める。08年、ナワーブ・ラーエの名で出版した短編集『ソーゼ・ワタン』(故郷の悲劇)が、イギリスを侮蔑(ぶべつ)するものとして発禁焚書(ふんしょ)の罰を科せられたが、創作意欲が強く、10年には短編『バレー・ガル・キーベーティー』(旧家の娘)をプレームチャンドの筆名で発表した。18年、最初の本格小説のウルドゥー語版の出版が遅れている間にヒンディー語訳が『セーワー・サダン』(救護施設)として出版され大好評を博し、ヒンディー語作家としての地歩を固めた。
 1921、22年、対英非協力運動の一環として教員を辞職し、編集者、私立学校教師などを経て出版社を経営、30年には月刊誌『白鳥(ハンス)』を刊行。出版社の経営難と闘いながら作家活動を続けた。24年以後は、まずヒンディー語で書き、ウルドゥー語訳はあとに発表するようになったが、ウルドゥー語による発表を最後まで行った。36年、傑作『ゴーダーン』(牛供養)を残して世を去るが、短編二百数十、長編11編があり、ヒンディー語・ウルドゥー語小説の父と称されている。ガンディーの思想に深く共鳴し、理想主義と写実主義、都市生活と農村生活とを巧みに組み合わせたその作品は、広く愛読されている。[土井久弥]

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20世紀西洋人名事典の解説

プレームチャンド
Premchand


1880 - 1936.10
インドのウルドゥー語・ヒンディー語作家。
ワーラーナシー生まれ。
本名ダンパト・ラーエ〈Dhanpat Rāy〉。
筆名ナワーブ・ラーエ。
苦学して教員、作家、編集者生活を続け、1908年最初の短編集「ソーゼ・ワタン」をナワーブ・ラーエの名で出版したが、反英的の理由で発禁焚書の罰を科せられる。’10年にはプレームチャンドの筆名で短編「バレー・ガル・キーベーティー」を発表。’14年頃よりヒンディー文学に転じ、長編「セーワー・サダン」(’18年)で文学賞を受賞、ヒンディー語作家としての地歩を固める。以後ガンディーの思想に深く共鳴し、理想主義写実主義、都市生活と農村生活とを巧みに組み合わせ、「ゴーダーン」(’36年)などの作品を残す。他の作品に「休憩所」(’18年)、「人生劇場」(’24年)などがある。

出典|日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)
(C) 1995 Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
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