翻訳|hate crime
人種、宗教、肌の色、民族、性的指向、性別、障害などを理由とした憎悪あるいは偏見を動機とする犯罪。憎悪犯罪ともいう。物理的暴力だけでなく、脅迫、嫌がらせ、ヘイトスピーチも含まれる。この種の犯罪は古くからみられたが、ヘイトクライムとよばれるきっかけは、1985年にアメリカ下院に提案されたヘイトクライム統計法Hate Crime Statistics Act(1990年成立)である。なお、アメリカでヘイトクライム行為を初めて規制した法律は、南北戦争以降の人種差別を解決するため1871年に制定された連邦法反クー・クラックス・クラン法Ku Klux Klan Actで、これ以降アメリカではジェンダー(性差)、性的指向、障害などに対する偏見や暴力を規制する法律が制定された。ヨーロッパでは、ユダヤ人を含む民族・人種差別を禁じたドイツの刑法(民衆扇動罪)をはじめ、イギリス(公共秩序法)、イタリア(マンチーノ法)、フランス(ゲソ法)などで、罰則つきでヘイトクライム行為を規制する法律が整備されている。ただ21世紀に入っても、世界で異なる肌の色、宗教、民族に対する暴行は絶えることがなく、インターネットを介した嫌がらせや心理的脅迫が増加し、新型コロナウイルス感染症(COVID(コビッド)-19)のパンデミック以降、その中国起源説による偏見からアジア系の人々へのヘイトクライムが頻発している。
アメリカにおけるヘイトクライムは、以下の4類型に分類されることが多い。
(1)スリル追求型 身体や精神的な苦痛を与えることを楽しみ、スリルを味わうことを目的とする行為。少年犯罪に多くみられ、公的な施設の破壊行動や、特定の集団や人に対しての暴行や嫌がらせ行為などが行われ、加害者と被害者の間に直接の関係性はみられないことが多い。
(2)反応型 ある地域やコミュニティ(縄張り)、職場、学校などに、ある特定のカテゴリーに属する人が入ってきたとき、自分たちの生活圏が脅かされると感じ、拒絶反応として引き起こされる脅迫行為や暴力行為。黒人と白人の間にみられるような居住地域における対立や差別などがこれに該当する。
(3)使命型 ある特定のカテゴリーに属する人々に対する憎悪を背景として、こうした人々を一方的に敵視し、排除することを自分に課せられた使命と信じて引き起こされる行為。ネオ・ナチやクー・クラックス・クランなどのグループによる行動がこれに該当する。
(4)報復型 2001年にアメリカで起こった同時多発テロ事件を発端として高まった、イスラム教徒に対する偏見意識を背景として定着した一類型。異なる宗教や人種、移民などに対し、政治状況や国際情勢を反映して行われる。
第二次世界大戦後、日本でも特定個人や集団を標的にした街宣活動などはあったが、ヘイトクライムに対する法整備は遅れていた。しかし2009年(平成21)、在日特権を許さない市民の会(略称、在特会)による京都朝鮮第一初級学校に対するヘイトスピーチをめぐる訴訟(2014年最高裁判所で有罪確定)以降、社会問題として関心を集めるようになった。ヘイトクライム対策はおもにヘイトスピーチ防止策として自治体が先行する形で進んでおり、大阪市の条例では発言者を公表することを規定(2016年)、東京都では公的施設の利用制限を定め(2018年)、川崎市では最高50万円の罰金を科す条例(2019年)などの整備が進んだ。日本政府は2016年、国や自治体に差別解消を求める「ヘイトスピーチ対策法」(「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」平成28年法律第68号)を制定したが、罰則や禁止規定はない。
[矢野 武 2021年7月16日]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
(井上健 東京大学大学院総合文化研究科教授 / 2007年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
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