翻訳|hernia
語源は〈脱出〉を意味するラテン語のherniaで,臓器もしくは組織が体内の裂け目を通って,本来の位置から脱出した状態をいう。腹部の内臓が腹膜に包まれたまま腹腔外に脱出し,皮下に膨隆する外ヘルニアと,腹腔内の異常な裂孔に内臓が入りこむ内ヘルニアに大別される。しかし,一般にヘルニアといえば外ヘルニアを指し,大部分は小腸が脱出するため俗に脱腸ともいわれる。しかし膀胱,卵巣,その他の内臓も脱出することがあるため,医学的に正確な呼名ではない。また,脱出臓器が腹膜に包まれていない場合は内臓脱出と呼ぶのが正しく,椎間板ヘルニア,脳ヘルニア,肺ヘルニア,および横隔膜ヘルニアや腹壁瘢痕(はんこん)ヘルニアは真のヘルニアとはいえない。しかし,外見上あるいは症状がヘルニアに類似するため,習慣上〈ヘルニア〉と呼ぶことが多い。
よくみられるヘルニアには次のようなものがある。外ヘルニアとしては鼠径(そけい)ヘルニアが最も多く,ヘルニアの代表的疾患で,子どもに多くみられるが,成人に発生することもある。臍(さい)ヘルニアumbilical herniaは,弱い部分であるへそに腸がとび出す,いわゆる〈出べそ〉で,乳幼児に多くみられる。生まれつきの大きな臍帯の中に内臓が脱出するのは臍帯ヘルニアomphalocele herniaで,皮膚が欠損しているため外から内臓を見ることができる特異なヘルニアである。へその上の腹壁正中線上の弱い部分には上腹壁ヘルニアepigastric herniaができる。開腹手術後の創瘢痕部に発生するのは腹壁瘢痕ヘルニアcicatrical herniaである。大腿のつけ根が膨隆する大腿ヘルニアfemoral hernia(股ヘルニアともいう)は中年以降の女性にみられる。内ヘルニアとしては,横隔膜を通して腹部の内臓が胸腔内に脱出する横隔膜ヘルニアdiaphragmatic herniaが代表的で,これにはボホダレック孔ヘルニアと食道裂孔ヘルニアが含まれる。これら以外の網膜ヘルニア,十二指腸空腸ヘルニアなどの内ヘルニアはまれである。
ヘルニアは脱出口であるヘルニア門と,腹膜からなるヘルニア囊と脱出臓器であるヘルニア内容の3要素より構成されている。先天的あるいは後天的に生じた腹壁の欠損や緊張に対して弱い部分がヘルニア門となるが,血管,神経,内臓が腹壁を貫く部位に起きやすい。ヘルニア囊はヘルニア門から脱出した袋状の腹膜であるが,盲腸,膀胱,卵管など臓器の壁がヘルニア囊の一部分を構成する場合がある。これを滑脱ヘルニアsliding herniaという。ヘルニア内容にはヘルニア門付近に位置する腹腔内の臓器のすべてがなりうるが,とくに可動性のある小腸や大網が脱出することが多い。食道裂孔ヘルニアでは胃が縦隔内に,ボホダレック孔ヘルニアでは胃,小腸,大腸,脾臓などが胸腔内に脱出する。臍帯ヘルニアでは先天的に腹腔が小さいため,内臓の大半が常時ヘルニア囊内に脱出していることがある。
ヘルニアの発生原因には先天性のものと後天性のものがある。先天性のものには臍帯ヘルニア,ボホダレック孔ヘルニアのほか,子どもの鼠径ヘルニア,臍ヘルニアや食道裂孔ヘルニア等がある。生まれつきヘルニア囊が存在していたり,筋肉,筋膜,腱膜など組織の発育不良が原因である。後天性のヘルニアは高齢化,外傷,手術などによって腹壁や横隔膜の抵抗が弱くなることが原因で,大腿ヘルニア,腹壁瘢痕ヘルニア,外傷性横隔膜ヘルニアのほか,成人の鼠径ヘルニア,臍ヘルニアや食道裂孔ヘルニアがこれにあたる。ヘルニアは以上の原因に,腹圧の上昇が誘因として加わると発生する。激しく泣いたり,咳をしたり,排便でいきんだり,重い荷物を持ち上げたときや,妊娠,腹水貯留などがきっかけとなる。
腹部のヘルニアの場合,寝かせて腹圧を除去し膨隆した部分を圧迫すると,通常,ヘルニア内容は腹腔内に戻り,膨隆は消失する。これを還納性ヘルニアという。それに対し,ヘルニア内容がヘルニア門で締めつけられ(絞扼(こうやく)),元に戻らなくなった状態をヘルニア嵌頓(かんとん)incarceration of herniaという。こうなると,腸の内腔が閉塞状態(イレウス)となるばかりか,腸やその他の臓器が血行障害のため壊死に陥る危険があるので,緊急手術でヘルニア門の絞扼を取り除く必要がある。
ヘルニアバンドもしくは脱腸帯は,ヘルニア門を圧迫して内臓の脱出を防ぎ,ヘルニア囊が癒着して自然に治癒することを期待するもので,古くからある手術によらない治療法である。しかし,治療としては不確実であるばかりか,圧迫している部分に皮膚炎を起こしたり,腹壁の萎縮を起こすなど欠点も多く,現在では手術ができない場合にのみ使用される。
手術方法はヘルニアの種類により異なるが,原則的にはヘルニア内容を腹腔内に戻し,ヘルニア囊を切断もしくは切除したのち,腹膜を縫合し,さらにヘルニア門を縫合閉鎖すればよい。
特殊な例として,乳児の臍ヘルニアは嵌頓することが少なく大部分が自然治癒するため,2歳ころまでは放置しておいてよい。2歳以降は自然治癒が期待できないため,手術が必要である。臍帯ヘルニアは皮膚が欠損しているため,ヘルニア囊が破れる危険があり,生後直ちに手術が必要である。新生児のボホダレック孔ヘルニアも,胸腔内に脱出した内臓が肺を圧迫し,呼吸困難を起こしていることが多く,緊急手術で内臓を腹腔内に戻し,横隔膜の欠損孔を縫合閉鎖する必要がある。
執筆者:伊藤 泰雄
小児で最もよくみられるのは外鼠径ヘルニアで,小児の2~5%に発生する。俗に脱腸といわれるもので,泣いたりいきんだりしたときに鼠径部や陰囊がふくらんでくる状態となる。男女比は約4対1で男児に多く,男児では睾丸下降機転から右,左,両側の順でみられるが,女児では左右差はない。ヘルニア内容は,男児ではほとんどが小腸であるが,女児では約30%が卵巣である。発症年齢は生後3ヵ月以内が60%,1歳以内が80%を占める。
重大な合併症であるヘルニア嵌頓の状態にないかぎり,自覚症状はきわめて軽い。局所に不快感やひっぱられる感じがあっても還納すれば消失する。多くは生後間もない時期に母親あるいは小児科医によって,鼠径部や陰囊内の膨隆として気づかれる。ヘルニア嵌頓の発生頻度は1歳までで約20%であり,生後3ヵ月以内が最も多い。痛みがあるため小児は不機嫌となり,嘔吐や腹部膨満も出現し,放っておくと,小腸や卵巣あるいは睾丸の壊死をきたすことがある。このために,早期診断・早期治療がたいせつとなる。
一般に鼠径ヘルニアの場合は,ヘルニア嵌頓の危険性を避けるために,診断がつきしだい外科手術を行うのが原則で,ふつう3ヵ月以後の時期に行われるが,手術成績はきわめて良好である。
なお,臍ヘルニアは新生児の5~10%にみられるが,大多数は1歳までに自然に治癒する。ただし絆創膏固定は無効である。
執筆者:瀧田 誠司
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
体腔(たいくう)の内側を覆っている膜(腹膜、胸膜、脳硬膜など)が、先天的または後天的に生じた裂け目から臓器や組織を包んだまま袋状に逸脱した状態をいう。腹部にもっとも多くみられ、しかも大部分が小腸であるところから俗に脱腸とよばれるが、膀胱(ぼうこう)や卵巣なども逸脱することがあるので、医学的に正しい名称とはいえない。また真のヘルニアではないが、脳や肺、椎間板(ついかんばん)などが逸脱して、ヘルニアとよばれる状態を呈することもある。体腔被膜を伴わない臓器の逸脱は、内臓脱出とよんで区別する。
ヘルニアは、逸脱部位であるヘルニア門、逸脱臓器であるヘルニア内容、それを袋のように覆う体腔被膜からなるヘルニア嚢(のう)の三要素から構成され、体腔外でおこる外(がい)ヘルニアと体腔内でおこる内(ない)ヘルニアとに大別される。外ヘルニアには代表的な鼠径(そけい)ヘルニアをはじめ、大腿(だいたい)ヘルニア、臍(さい)ヘルニア、会陰(えいん)ヘルニア、腹壁瘢痕(はんこん)ヘルニアなどがあり、内ヘルニアには横隔膜ヘルニアをはじめ、傍十二指腸ヘルニアや盲腸周囲ヘルニアなどの腹腔内ヘルニアが含まれる。また、発生原因によって先天性や後天性、さらに術後性や外傷性ヘルニアに分けられる。
なお、ヘルニア内容の臓器を正常な位置に戻せる場合は還納性であるといい、還納できないものをヘルニア嵌頓(かんとん)または嵌頓ヘルニア、嵌頓してヘルニア内容に血行障害を生じた場合は絞扼(こうやく)ヘルニアとよぶ。ヘルニア嵌頓は偶発症としてみられ、腸の壊死(えし)や腸内容通過障害によるショック症状を呈することがあり、嵌頓時間の経過とともに危険性が増大するので、救急外科処置を必要とする。
[岡島邦雄]
もっとも頻度の高いヘルニアで、とくに外鼠径ヘルニアが多く、いわゆる脱腸はこれをさす。男子に多くみられ、睾丸(こうがん)下降と密接な関連がある。小腸や卵巣などが陰嚢や大陰唇中に逸脱したものは、それぞれ陰嚢ヘルニア、陰唇ヘルニアとよばれる。根治手術は出生後どの時期でも可能であるが、その術式は幼児と成人とでは異なる。
[岡島邦雄]
鼠径ヘルニアが鼠径靭帯(じんたい)の上方から逸脱するのに対し、大腿ヘルニアは鼠径靭帯の直下にある卵円窩(か)から腹腔内臓器が腹膜に覆われて逸脱するもので、幼児にはまったくみられず、高齢の経産女子に多く発症する。
[岡島邦雄]
臍輪に欠陥があり、そこから腹腔内臓器が逸脱するもので、1年以内の幼児にみられる臍ヘルニアの大部分は自然治癒する。しかし、2歳以上にみられるものは手術が必要となる。
[岡島邦雄]
横隔膜の裂孔から腹部臓器が胸腔内へ逸脱するもので、左側横隔膜に多くみられる。成人に多くみられるのは、食道が横隔膜を貫通する食道裂孔が拡張して胃が逸脱してくる食道裂孔ヘルニアであり、幼小児に多くみられるのは、横隔膜の後外側に一対あるボホダレックBochdalek孔のうち、左側から胃、小腸、大腸、脾(ひ)臓などが逸脱してくるボホダレック孔ヘルニアである。このほか、後天的な外傷や腹腔内炎症による横隔膜穿孔(せんこう)でおこることもある。とくにボホダレック孔ヘルニアでは、急激な呼吸困難により重篤となることが多い。横隔膜ヘルニアの治療には、開胸あるいは開腹によるヘルニア孔閉鎖手術が必要である。
[岡島邦雄]
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