日本大百科全書(ニッポニカ) 「ベニテングタケ」の意味・わかりやすい解説
ベニテングタケ
べにてんぐたけ / 紅天狗茸
[学] Amanita muscaria (Fr.) S. F. Gray
担子菌類、マツタケ目テングタケ科の毒キノコ。ハエがなめると倒れる(仮死状態となる)ことから、アカハエトリの名もある。真紅の傘の表面に白いいぼいぼをのせた、大形で華麗なキノコである。高さ10~20センチメートル。傘の径10~15センチメートルで、ひだは白く、茎に離生する。茎は太くて長く、肉は充実している。茎の上部には膜質のつばがある。根元は球状に膨らみ、その上に白いいぼいぼが段状につく。このいぼは、幼菌を包んだ外皮膜がちぎれたものであるが、質がもろいために、袋状のつぼにはならないわけである。胞子は白。大きさは9~12マイクロメートル×7~9マイクロメートルの楕円(だえん)形で、非アミロイド。シラカバ、ダケカンバ林に多く生え、マツ、トウヒ林にもみられる。ベニテングタケは、菌根をつくってこれらの木と共生する。9月中旬から10月初めに発生。北半球の温帯以北に広く分布し、日本より緯度の高いヨーロッパでは平地にも多い。
[今関六也]
毒成分
ベニテングタケの毒性は複雑である。毒成分として古くから研究されたのは、ムスカリンと名づけられたアルカロイドである。ムスカリンの名は、本菌の学名ムスカリアにちなんでつけられたものである。ムスカリンは副交感神経に作用し、脈拍減退、末梢(まっしょう)血管の拡張、発汗促進、瞳孔(どうこう)縮小などをおこすが、アトロピン(アルカロイドの一種)によって回復するという特異性がある。ムスカリンの毒性はかなり強いが、ベニテングタケやテングタケにおける含有量は少なく、また中毒症状も著しく異なることから、改めて研究が進められた。その結果、おもな毒成分はムスカリンでなく、ムッシモール、イボテン酸などのアミノ酸系の化合物であることが判明した。
この化合物は中枢神経系を冒し、めまい、興奮、狂騒、幻覚、昏睡(こんすい)などの症状を引き起こす。一種の幻覚性中毒とされるが、色彩豊かな幻覚をおこすワライタケの症状とはまったく異なる。毒性はそれほど強くなく、中毒症状の発現は食後1~2時間からであり、数時間ないし1日で回復する。イボテン酸はハエがなめると死または仮死状態となるが、少量であれば人体にとっては無毒である。ベニテングタケは、乾燥して3か月以上たつと無毒になることから、長野県上田市地方では、大量に採集して乾燥保存する人が少なくない。味はきわめて美味。
[今関六也]
民俗
ベニテングタケは、その特異な風貌(ふうぼう)と毒性から、さまざまな民俗学的話題を生んできた。10世紀ごろのバイキングは、戦いの前にこれを食べて勇猛心をかき立てたという。また、シベリアの先住民であるコリヤーク人には、このキノコをとくに崇(あが)め、珍重する風習がある。欧米では、健康と喜悦を表す真紅の色と、星を連想させる白いいぼいぼから、ベニテングタケは幸福をもたらすキノコとして広く親しまれ、装身具や装飾品にその形を模したものも多い。アメリカの銀行家であり民俗学者であるワッソンR. G. Wassonは、『Soma, The Divine Mushroom』(1968)を著し、そのなかで、バラモン教の聖典『リグ・ベーダ』でうたわれる聖植物ソーマは、緑の植物ではなく、ベニテングタケであるという独創的新説を唱え、学界の注目を浴びた。
[今関六也]