日本大百科全書(ニッポニカ) 「ベンチューリ」の意味・わかりやすい解説
ベンチューリ
べんちゅーり
Robert Venturi
(1925―2018)
アメリカの建築家。フィラデルフィアに生まれる。プリンストン大学で学び、同大学院を1950年に修了。プリンストン大学でエコール・デ・ボザール(フランス国立美術学校)出身の教授、ジャン・ラバチュJean Labatut(1899―1986)から大きな影響を受けた。1951~1953年エーロ・サーリネンの事務所で働いた後、1954~1956年ローマのアメリカン・アカデミー宿舎に住み、バロックやマニエリスムの建築と都市空間について研究した。帰国してルイス・カーンの事務所で働いた後、1957~1965年ペンシルベニア大学で建築理論を教えた。その後、エール、プリンストンなど多くの大学で教鞭をとる。その間、1958年から独立して設計活動を始め、事務所をかまえる。1964年からジョン・ローチJohn Roche(1930― )と協働し、1967年には夫人で都市デザイナーのデニーズ・スコット・ブラウンDenise Scott Brown(1931― )が加わった。
ベンチューリは、設計活動とともにその設計理論により、現代建築の展開に多大な影響を与えた。
1950年代の初め頃、生気を失った近代建築運動はすでに新たな権威主義的な一つの体制になっており、ベンチューリは、その指導者たちの考え方に潜在していた、新古典主義的な方法ないし反都市的性格の限界を認識していた。修士論文「建築の構成におけるコンテクスト」(1950)では、新しい建築とすでにある建築との関係について論じた。そして「意味はコンテクスト(文脈)のなかから生まれるのであり、コンテクストが変われば意味も変わる」「建築物のコンテクストはその建物に表現を生み出す」と述べ、初めて現代の建築意匠論および建築とその環境との問題にコンテクストの概念を導入した。また、その後発表した「カンピドリオ広場の研究」(1953)では、建築家には景観に対する責任があることを明言した。
著書『建築の多様性と対立性』Complexity and Contradiction in Architecture(1966)は、モダニズムを批判した最初の重要な書である。保守的な「排除する」モダニズムの方法を代弁する、ミース・ファン・デル・ローエの有名な言葉「より少ないことがより豊かなことだ」に対抗して「より少ないことは退屈だ」と異を唱えた。建築史をさかのぼり、過去の偉大な建築は、しばしば不明瞭で複雑なものでもあったことに論及し、モダニズムが否定してきた折衷主義を全面的に擁護する姿勢を打ち出した。そして、建築形態がもつ「意味」と「象徴作用」を重視し、慣習的な要素を使用する態度をも打ち出すとともに、言葉を慣習と異なるコンテクストに置くことによって生まれる詩的効果を、方法として建築造形に応用することを提起した。
さらに夫人ほかとの共著『ラスベガス』Learning from Las Vegas(1972)では、都市環境のフィールドワークを通じて、同時代の「その土地や都市の特異性と結びついた建築」を注意深く研究することが大切であることを指摘した。そして、構造と装飾とは実体を分けたままであるべきで、装飾はそれが存在する文化を反映すべきであるとする「装飾のあるシェルター(または小屋)」という建築観に到達し、工業化社会から情報化社会に移行しようとする現代における建築のありようを鋭く示唆した。
モダニズムが建築の「空間」を重視したのに対し、ベンチューリはむしろ「表象性」に着目し、建築形態の「意味」あるいは「形態と記憶との関連性」を重視する。しかし、その一方で、つねに、建築の物理的コンテクストへの応答というアプローチも伴っているのである。
とくに初期の設計作品母の家(1964)とギルドハウス(1964)は、ベンチューリのモダニズム批判論にもとづく作例であった。ともに、近代の機能主義に対抗し、多様性、装飾主義、折衷主義、象徴主義といった、それまで見捨てられていた美学を擁護したもので、後に続いたポスト・モダン建築の嚆矢(こうし)となった。
ほかのおもな作品に、フランクリンコート(1976、フィラデルフィア)、ベスト・プロダクツ・カタログショールーム(1978、ペンシルベニア州)、プリンストン大学ウー・ホール(1983、ニュー・ジャージー州)、ロンドン・ナショナルギャラリー・セインズベリー棟(1991)、オート・ガロンヌ県庁舎(1992、フランス南部)、メルパルク日光霧降(きりふり)(1997、栃木県。現、大江戸温泉物語日光霧降)などがある。
1991年プリツカー賞受賞をはじめ数多くの受賞歴がある。
[秋元 馨 2018年10月19日]
『伊藤公文訳『建築の多様性と対立性』(1982・鹿島出版会)』▽『安山宣之訳『建築のイコノグラフィーとエレクトロニクス』(1999・鹿島出版会)』▽『R・ヴェンチューリ、D・スコット・ブラウン&アソシエイツ、S・アイゼナワー著、石井和紘・伊藤公文訳『ラスベガス』(1978・鹿島出版会)』▽『R・ヴェンチューリ、D・S・ブラウン&アソシエイツ編、高垣建次郎・澤村明・丸山成寛訳『建築とデコラティブアーツ――ナイーブな建築家の二人旅』(1991・鹿島出版会)』▽『Robert Venturi and Denise Scott BrownA View from the Campidoglio; Selected Essays 1953-1984 (1984, Harper & Row, New York)』▽『中村敏男編『ロバート・ヴェンチューリ作品集』(1981・エー・アンド・ユー)』▽『F・シュワルツ編、三上祐三訳『母の家――ヴェンチューリのデザインの進化を追跡する』(1994・鹿島出版会)』▽『「特集R・ヴェンチューリ+D・スコット・ブラウン:90年代の作品」(『SD』1997年8月号・鹿島出版会)』▽『秋本馨著『現代建築のコンテクスチュアリズム入門――環境の中の建築/環境をつくる建築』(2002・彰国社)』