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ホガース Hogarth, David George

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ホガース
Hogarth, David George

[生]1862.5.23. リンカーンシャー,バートンアポンハンバー
[没]1927.11.6. オックスフォード
イギリスの考古学者,旅行家。オックスフォード大学卒業。小アジア,エジプトなどで発掘作業に参加。特に 1900年 A.エバンズのクノッソス発掘に協力。第1次世界大戦に際して中近東の知識を生かして政府に協力。カイロのアラブ局理事,パレスチナなど中近東の諸問題に取組んだ。戦後ベルサイユ会議の代表団の一員。

ホガース
Hogarth, William

[生]1697.11.10. ロンドン
[没]1764.10.26. ロンドン
イギリスの画家,版画家,著作者。初め銀細工師を志したが,1720年頃から銅版画家として独立し,美術学校に通いながら,23年からは本の挿絵や風刺画を制作,イギリスの風刺画の祖とされている。 28年にロンドンで J.ゲイの『乞食オペラ』が上演されたとき,ホガースも外国の音楽家を風刺した『乞食オペラ』 (ロンドン,テート・ギャラリー) を描いて評価を得た。 29年に J.ソーンヒル卿の娘と結婚,生活のために肖像画風俗画を描いた。ソーンヒル卿の遺産として 34年に聖マーティン街の美術学校を受継ぎ,若い芸術家を集めた。 39年にはロンドンの捨子養育院の創始者 T.コラムの肖像画を制作。 46年に同所でイギリス最初の公共の展覧会を開催。 49~54年は著作に励み,57年宮廷画家となった。主要作品は『小えび売りの少女』 (1745,ロンドン,ナショナル・ギャラリー) ほか,主著は『美の分析』 Analysis of Beauty (49) 。

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デジタル大辞泉の解説

ホガース(William Hogarth)

[1697~1764]英国の画家・版画家。風刺的、教訓的な風俗画を多く描いた。

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百科事典マイペディアの解説

ホガース

英国の画家,銅版画家。ロンドン生れ。英国近代絵画の創始者の一人。初め銅版画家として独立,のち油絵を手がけ,オランダの風俗画に辛辣(しんらつ)な社会風刺をもり込んだ物語的展開を示す連作で独自の画風を形成。
→関連項目テート・ギャラリーナショナル・ギャラリーフェドトフ

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世界大百科事典 第2版の解説

ホガース【William Hogarth】

1697‐1764
イギリスの画家,銅版画家。ロンドン生れ。1713年から7年間,銀細工師ギャンブルE.Gambleのもとで修業。学校教師の父はコーヒー店経営に失敗し,4年間フリート債務者監獄に投獄される。父の死(1718)の2年後,銅版画師として独立し,21年《南海泡沫事件》で世に出る。S.バトラーの風刺詩《ヒューディブラス》などの文学作品の銅版挿絵も手がける。22‐23年ソーンヒル卿Sir J.Thornhillの美術アカデミーに通ううち,令嬢ジェーンと恋仲になり駈落ちする。

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大辞林 第三版の解説

ホガース【William Hogarth】

1697~1764) イギリスの画家・版画家。実生活に取材した風刺的風俗画を描いた。著「美の分析」

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ホガース
ほがーす
William Hogarth
(1697―1764)

イギリスの画家。ロンドンに生まれ、同地に没。初め版画を学び、1720年代の末ごろ、油彩を当時の宮廷画家ソーンヒルの画塾に学ぶ。師の娘と駆け落ち同然に結婚。初め生活のため小さな肖像画や家族だんらんの絵を描いたが、やがて物語絵の連作を始める。1731年ごろに『ある娼婦(しょうふ)の生涯』6場を描いて以来、多くの物語絵をつくって成功を収め、岳父とも和解する。35年以後『ある蕩児(とうじ)の生涯』その他が制作され、45年には『当世風結婚(マリッジ・ア・ラ・モード)』が描かれた。これらの作品のうちにはバラッド・オペラにされたものもあり、また彼自身がこれを銅版画にして民衆に親しまれることになった。これは、スウィフトなどによる散文の確立と、ジャーナリズムの発展という時代の風潮と不可分のものだった。こうした作品で当時の貴族や富裕階級を鋭く批判したので、風刺画の祖ともいわれる。しかし、一方では『えび売りの娘』のような生気に満ちた新鮮な油彩によるスケッチを残している。こうしたさりげない作品に人間への愛情がいっそう強くうかがえる。53年『美の分析』と題する論文も出版している。[岡本謙次郎]
『森洋子編著『ホガースの銅版画――英国の世相と諷刺』(1981・岩崎美術社)』

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世界大百科事典内のホガースの言及

【イギリス美術】より

… 自然の抒情的な,あるいは〈ピクチュアレスク〉な美しさに対するイギリス人の感性は,ロマン派の詩に典型的に表れているが,ターナー,コンスタブルら同時代の風景画も,この点で他国に抜きん出ている。また,18世紀の市民社会の成立,発展と共にイギリスの文学はヨーロッパをリードする位置にあったが,小説的,逸話的,ときに教訓的,風刺的なものを好む国民性は,イギリス人特有のユーモア感覚と相まってW.ホガースからビクトリア期に至るイギリス絵画のバックボーンのひとつをなした。 〈コモン・センス〉という言葉に象徴されるイギリス人の穏健な良識感覚は,大陸における未来主義や表現主義のような前衛的・急進的な芸術運動を生むには適さなかった。…

【カリカチュア】より

…オランダでは風俗のコミカルな誇張をみせるC.ドゥサルト,時事問題を風刺的に描くR.deホーヘがおり,18世紀ローマには滑稽な肖像を描くP.L.ゲッツィがいる。イギリスではW.ホガースが教訓的・風刺的作品をしばしば数枚の組物語絵に描き,またそれを版画にして大衆化を考えた。T.ローランドソンはフランス的な艶雅さを風俗風刺に加え,J.ギルレーはイギリス王室やナポレオン体制などを激越に批判し,ホガースの伝統を深めた。…

【政治漫画】より

…18世紀のイギリスでは,政治家や地主階級の議員が,穀物の消費量を増すため蒸留酒製造業への法的規制と税を緩和して,ビールにかわる安価なジンの大量消費を計画的に奨励した結果,過度の飲酒が都市の貧窮,犯罪,家庭破壊を助長した。W.ホガースは,健康で幸福な〈ビール通り〉と,不幸と恐怖に満ちた〈ジン横丁〉との一対の銅版画で,ジョージ2世時代の政治と世相を風刺した。彼や,T.ローランドソンG.クルックシャンクらの風刺版画は政治漫画への道を開いた。…

【風刺画】より

…それと同時に,乱雑な部屋や怠惰な飽食人間をも風刺している。18世紀には,イギリスの画家W.ホガースが連作《当世風結婚》で,没落した上流階級と成金の中産階級の子弟同士の結婚とその転落を描き,当時の契約結婚の悲劇を世に訴えた。その中で成金の市参事会員の娘が一夜で貴婦人となり,フランス風ファッションを誇るが,ホガースは当時の上流階級のフランス文化への偏愛をも揶揄している。…

【風俗画】より

…ルイ14世がオランダの風俗画をみて,〈これらの恐るべきものを外してしまえ〉と叫んだというエピソードもあながち誇張ではなかった。 18世紀では,イギリスのホガースが《娼婦一代記》や《放蕩息子一代記》など時事性に富んだ油彩画連作,さらにその版画化によって大衆の心をつかむなど,風俗画の世界に新風をもたらした。フランスではロココ様式のフェート・ギャラント(雅宴画)の最盛期であった。…

※「ホガース」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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