乳児院や病院などで、子供が親から離されて集団のなかで保育され、一対一の情緒的な関係が希薄なときにおこる障害をいう。その障害は、1920年ごろドイツの小児科医によって指摘された。乳児院において医学的に管理が行き届いているにもかかわらず、死亡率が高く、また栄養素が整っている食物を与えているにもかかわらず、身体発育が悪いなどが報告された。その後、医学的な面での保育条件に改善が加えられ、身体上の問題は解決されたが、心理的な面での問題が、イギリスを中心とした研究者によって指摘されるようになった。すなわち、知的能力や言語発達の遅れ、著しい癖の出現などである。さらに、情緒面では、表情に乏しく、他人との温かい関係をつくる能力に欠け、ついには冷たい人格の持ち主となり、非行に走る危険性があることがいわれ、「いかなるよい施設も、悪い家庭に劣る」とさえ主張されるに至った。
その結果、イギリスにおいては、児童福祉施設に対する考え方に変革が生じ、できるだけ家庭的処遇に近い状況を子供に与える努力が始まり、里親制度が振興されるようになった。すなわち、とくに3歳未満の子供に対しては、一対一の情緒的関係が、スキンシップや遊びを通して実現されるようになり、それに伴って、子供の表情も明るく、癖も少なくなり、知的発達も順調に行われるようになった。しかし、言語発達の遅れが残っていたが、これも、言語的刺激を多くすることによって解決されようとしている。わが国では、乳児院に保母(1999年以後保育士)を採用するようになってから、心理的問題はかなり改善されてきた。
ところが、家庭においてホスピタリズム症状をもっている子供が増加している。それは、両親の乳児に対するスキンシップや言語的刺激が少ないことが原因で、その点で母性愛に疑問がもたれるようになってきている。
[平井信義]
『竹中哲夫著『児童集団養護の実際――人格の発達と集団へのアプローチ』(1987・ミネルヴァ書房)』▽『金子保著『ホスピタリズムの研究――乳児院保育における日本の実態と克服の歴史』(1994・川島書店)』
家庭から切り離されて病院や施設などの環境におかれた子どもに,身体発育および言語・知能の発達の遅れ,習癖,情緒的な障害,浅薄な対人関係などが生じることをいう。原因として,施設収容による母性的な対象との情緒的きずなや母性的な働きかけの欠如が指摘されている。なかでもイギリスのボウルビーJ.Bowlbyが1951年に世界各国の研究をまとめ,乳幼児期の精神衛生や発達にとって母性的養育のもつ意義は,身体の健康な成長にとってのビタミンやタンパク質と同様に不可欠であることを強調したことは有名である。このような指摘は,一方において施設・設備の改善,人手不足や保育レベルの低劣さなどの問題を解消する契機となったが,他方では,母性的養育という概念の意味する内容にあいまいさが残されていたため,短絡的な理解や誤解をうみ,母親が家庭で養育することを絶対視し,たとえば保育所における養育を否定する論拠にされるという問題をも残した。しかし,保育の諸条件,とくに保育者の増加に伴う養護の充実によって,ホスピタリズムが減少したという報告が増えている。
執筆者:高垣 忠一郎
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