表情(読み)ひょうじょう(英語表記)facial expression

  • expression
  • ひょうじょう ヘウジャウ
  • ひょうじょう〔ヘウジヤウ〕

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

情動に応じて身体各部に表出される変化を表情といい,特に顔面に表出される変化を顔の表情という。通常,人間の場合,顔の表情を意味することが多い。 C.R.ダーウィンは表情の生物学的意義を重視して,『人間と動物の表情』 The Expression of the Emotions in Man and Animals (1872) と題する著書のなかで,それを3つの原理によって説明した。すなわち,(1) 習慣連合の原理 (習慣化したもの) ,(2) 反対の原理 (反対の状況は反対の表情を起す) ,(3) 神経系の性状の原理 (反射など神経系への直接作用) であるが,今日では反論も多い。一般に,表情は他者の感情や情動あるいはその意図や欲求を認知するうえでの手掛りの一つと考えられている。しかし,人間の顔の表情判断に関する研究をみると,表情写真を見せてどのような情動が表出されているか判断させてみても,的中率はそれほど高いとはいえない。顔面の表情表出行動は文化的,社会的な枠のなかで形成されるものであり,具体的な場面から切り離された顔の表情だけから情動を推察することは,基本的な情動を除いてはむしろ困難であるといわれている。なお,表情判断の手掛りとなる顔の部分としては,眼,口,鼻などがあげられる。

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デジタル大辞泉の解説

感情や情緒を顔つきや身振りに表すこと。また、その顔つきや身振り。「悲しげな表情」「表情がくもる」
「自分に向って何だか―しているような可憐な花」〈宮本伸子
一般に、状況・ようす。「全国各地の歳末の表情」「被災地の表情

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

表出の一側面である感情の表出を、表情という。いいかえれば、ある感情状態が身体の上に惹起(じゃっき)するさまざまな変化の「現れ」の総体が表情である。しかし、一般に、変化が顕著に現れるのが顔面であることから、顔に現れる表情だけを意味する場合もあり、研究も顔の表情についてなされたものが多い。

[細木照敏]

研究法

表情の研究はダーウィン(1809―82)に始まるといわれている。彼は進化論的な立場から、動物における表情の普遍性と、その起源を明らかにしようとした。人の表情は人と人との間のコミュニケーションや共感過程など、人間関係を支える重要な心理行動である。その研究法の一つは、人間が自然な生活場面やある特別な場面に置かれたときにみせる表情を写真や映画、VTRなどに記録し、記述、分析する方法である。もう一つは、上記のように記録した写真などを幾人かの人に見せ、どのような感情が現れているか判断させる方法である。これらの方法を用いて、表情と感情の関係や、人間が相手の表情を認知、あるいは理解する仕組みを明らかにしようとするのである。

[細木照敏]

二つの考え方

表情に対する考え方には、二つの立場がある。さまざまな色の現れも、すべて色相、明度、彩度の程度によって分類されることはよく知られているが、多様な表情の現れも色と同じように、快―不快、拒否―注意、眠り―緊張の三つの互いに直交する座標軸上に位置づけることができる、とアメリカの心理学者シュロスバークはいっている。これに対し、程度の差はあれ、特定の感情に対応する特有の表情パターンがあるとする立場がある。この立場をとる同じくアメリカの心理学者エックマンらは、うれしさ、怒り、嫌悪、悲しみ、驚き、恐れといった基本的な感情を現す特有な表情があり、これらは表情を現す個人の国籍、文化を超えた共通な普遍性をもっている、と主張している。

 この最後の「表情の文化・社会的規定性」については、通常はむしろこの主張と逆に、表情は文化的・社会的影響を受けてしだいに民族や国民特有のものとして成立すると考えている研究者が多い。日本人は欧米人に比べ、表情が乏しいことがよく指摘される。前述のエックマンは、ある文化圏に所属する人は、その環境に特定する、こういう情況ではこうした表情をみせてはいけないというような表現規則を学習するため、表情表出が抑制されるのであって、基本的な感情表出のパターンは文化を超え共通であると説明している。いずれにしろ、表情を規定している要因は複雑である。

[細木照敏]

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精選版 日本国語大辞典の解説

〘名〙
① 心情を外部にあらわすこと。また、感情によって変化する顔つき・身振り。
※即興詩人(1901)〈森鴎外訳〉歌女「その発音、その表情、その整調」 〔白虎通‐姓名〕
② ある様子、雰囲気、精神などを形にあらわすこと。また、それらの現われた情景。
※冬の宿(1936)〈阿部知二〉五「クリスマスの敬虔な表情、年末の藻掻(もが)き、また正月の表情━そんなものを避けて」

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最新 心理学事典の解説

感情,情動,意志,思考などの心的状態が表情筋facial muscleなどの作用によって顔面に表われたもの。広義には表出行動全般を指すこともあるが,心理学では人間の顔面に表出された心理状態,とくに感情,情動の変化にかかわる現象(感情表出)を指すことが一般的である。

【表情の進化】 顔faceの原型は,約5億年前のムカシホヤの幼生に求めることができる(西原克成,1996)。この幼生の口の袋が「頭」と「尾」に分かれ,口の周りにすでに備わっていた嗅器,眼器,平衡器が頭部を形成し,鼻,目,耳を備えてさまざまな外界の刺激に対応した複合臓器としての顔の原型になった。人間の顔は骨格筋と内臓筋が相まってできている唯一の身体部位であるが,これらの顔面周辺の筋肉群の起源は,いわゆるエラの基になる鰓弓の内臓筋である呼吸筋に由来している。人間の精神活動のうち,とくに感情や情動に関する状態はこれらの筋群の活動として表情に表われるが,これは,このような内的状態を表わす効果器官がもともと呼吸を担当した鰓器であったためである。

 多くの生物に顔はあるが,表情筋やその動きによる細やかな表情を有するのは哺乳類の中でもサルや霊長類に限られる。表情が哺乳類においてどのように進化し,霊長類であるヒトの表情と関係づけられるのかについては,必ずしも組織的な研究は行なわれてはいない。しかし,ヒトの笑顔の起源については,マカク類のサルや霊長類であるチンパンジーの表情とヒトの表情とに連続性があるという指摘がある。オランダの動物学者であるファン・フーフvan Hooff,J.A.R.A.M.(1975)によると,マカク類では,上位の個体に対して服従を示す劣位の表情として,口を横に広げて口角を引き,歯をむき出すような表情が示される。この表情は敵意がないことを示すあいさつの表情として,群れの中の円滑な社会的関係を維持する機能がある。同様の表情はチンパンジーでも観察されるが,チンパンジーでは,下位から上位に対してだけではなく,上位から下位に対しても表出されることから,より一般的で親和的なあいさつのディスプレイとして用いられていると考えられる。このような口角を引き,歯をわずかに見せる表情はヒトの微笑によく似ており,その機能の類似性からも,微笑は服従の表情にその起源があると考えられている。

 なお,人間の表情筋は顔面神経核から発する顔面神経の支配を受けているが,中枢から顔面神経核への命令伝達には,随意的な性質をもつ錐体路系と不随意の錐体外路系の2種類の経路がある。したがって人間の表情には,随意的な側面と不随意の側面が備わっている。

【表情研究の流れ:表情の普遍性と基本表情】 表情研究の歴史において現在の心理学的研究に直接つながるのは,進化論を唱えたダーウィンDarwin,C.によるものである。ダーウィンは『ヒトと動物の情動表出The expressions of emotions in man and animals』(1872)の中で,感情の表出である表情はヒトという種に生まれながらに備わっており,進化の過程において獲得された行動様式であると論じた。その後,進化論的な考え方は徐々に浸透していったが,進化論を誤って適用した社会進化論に対する批判や文化相対主義による文化の独自性の強調などのため,社会科学や心理学の分野では進化論による表情の説明は重視されなくなり,表情も言語と同様に,文化によって異なる,獲得された行動であるとされた。

 20世紀の半ばを過ぎ,ダーウィンからおよそ1世紀を経て,エクマンEkman,P.とフリーセンFriesen,W.V.,イザードIzard,C.E.らは,表情が人類に普遍的universalであることを実験的に検証しようと試みた。他文化との接触経験が限られているニューギニアの部族を対象にしたエクマンの研究を含めて,結果は,世界各地の多様な人種,文化において,幸福(喜び),嫌悪,驚き,悲しみ,怒り,恐れという6種類の感情とそれを表わす表情とがほぼ対応していることを示すものであった。これらの表情は,その後,基本情動fundamental emotionsの表出,つまり基本表情primary facial expressionsとして多くの研究で取り上げられることになった。

 1990年代になって,エクマンやイザードらの研究によっていわば常識のようにとらえられつつあった表情の普遍性は,批判的に取り上げられるようになった。批判的立場の中心的位置を占めるラッセルRussell,J.A.(1995)は,感情を表わす表情に関して普遍的要素が0%でも100%でもないという合意はほとんどの研究者の間で成立しているが,その程度の見積もりに高低があると論じている。ラッセルの主張では,現在までのところ最小の普遍性を示すデータしか得られていない。ただ,一方で,基本表情は感情研究の分野に止まらず,表情認知や記憶をテーマにした知覚・認知研究の分野,表情やその認知プロセスにかかわる工学的研究など幅広い分野で取り上げられており,基本表情はある程度普遍的な性質をもつという理解は否定されたわけではない。

【表情の測定:感情の指標としての表情】 表情を客観的に分析し,記録するための工夫は,初期の研究から続けられてきている。ダーウィンはスケッチ画や写真を用い,ドゥシェンヌDuchenne,G.B.A.はモデルの顔に局所的な電気刺激を与えることにより表情筋活動を生じさせ,その表情を撮影した写真を分析している。

 表情の測定については,表情筋の筋活動に伴って生じる微細な筋電位を記録する顔面筋電図法facial electromyograph(fEMG)が用いられてきた。現在,fEMGの記録は表面電極によるものが一般的であるが,個人差などによりターゲットとする表情筋上に正確に電極を装着することが困難な場合もあり,測定された筋活動が弱かったり,十分に計測されなかったりすることがあるため,結果の解釈には注意が必要である。

 近年の研究で最も広く使用されている表情の測定法は,表情の動きをいくつかの基本単位に分けてコード化する方法であり,エクマンとフリーセンによって開発されたFacial Action Coding System(FACS)やイザードのMaximally Discriminative Facial Movement Coding System(MAX)が著名である。MAXは分離情動説discrete emotion theoryに基づき,九つの基本情動と苦痛の表情を弁別することを目的に開発されたものである。一方,FACSはより一般的な表情の分析を想定したものであり,表情筋の動きを踏まえた観察可能な33の動作単位action unit=AUに基づいて,たとえば,眉の内側を上げる(AU12),口角を引く(AU6),というような顔面に表われるさまざまな動作をコード化し,記録することができる。FACSを用いた分析では,これらの動作単位の生起をビデオや写真を分析することによって人間が手作業で記録するが,近年では,コンピュータを用いてコード化を自動化するための試みも続けられている。なお,FACSはもともと成人を研究対象として開発されたシステムであるが,表情筋の発達状態などが成人とは異なる幼児の一部の表情を同定することが困難であるため,とくに幼児を対象にしたコード化のためのBabyFACSが開発された。さらに,近年では,チンパンジーの表情を分析するためにFACSを応用したChimpFACSも発表されている。

 表情の測定に関して生理学的指標physiological measuresとの対応を検討している研究は必ずしも多くない。しかし,異なる表情筋の動きが,皮膚電気反応,心拍,呼吸のような自律神経系autonomic nervous systemの特定の生理的反応パターンと結びついていることを示す結果が報告されている。さらに1990年代以降,脳機能画像法brain imagingを用いて中枢神経機構の活動を記録する研究が活発に行なわれ,怒り表情の認知により扁桃体活動が高まるといった表情認知と特定の脳領域との関係を解明しようとする研究が行なわれるようになった。

【表情の発達】 人間の子どもでは,すでに母胎内において表情筋がある程度発達しており,顔面動作も観察されている。シュタイナーSteiner,J.E.の一連の研究によると,食物などの摂取経験のない生後数時間の新生児にも,甘味刺激を与えられると微笑み,苦味刺激に対しては吐き出すような味覚に対応した表情がある。同様の結果は,先天的に大脳新皮質をもたない無脳症児anencephalic neonatesを対象にした研究においても得られている。さらに,嗅覚刺激を使った実験や,盲,盲聾,精神遅滞などの障害をもつ被験者に対する実験においても再現されている。また,アイブル・アイベスフェルトEibl-Eibesfeldt,I.による先天的盲聾の子ども6名を対象に実施された行動観察では,笑い,怒り,拒絶などの表出行動は健常児とよく対応しており,これらの感情を表わす表情や動作,発声行動などが,視聴覚的学習経験を必要としないことが示されている。このような研究が示唆することは,特定の感覚刺激に対応するパターン化された表情や,基本的情動を表わす微笑みや泣き顔といった表情には,人間が生まれながらに備えている基盤が存在するということである。

 さらに,健常児を対象にしたこれまでの研究によると,新生児は生後まもなくから表情を模倣することができる。新生児の目の前で口を大きくあけたり,舌を出したりする動作を繰り返すと,新生児はその動きを模倣する傾向がある。また,幸福,驚き,怒りのような表情についても模倣が観察されている。このような研究によって,人間は出生時にはいくつかの表情を非意図的に表わし,また他者の表情を知覚し,模倣する能力をもっていると考えられる。発達のきわめて初期にこのような能力が備わっていることは,親などによる保護と養育をより効果的なものにするとともに,自らの感情や情動を的確に相手に伝えることが子どもにとって死活問題であることを示している。

 発達初期の子どもの研究に対して,高齢者を対象にした表情研究は限られている。しかし,現在までの研究によると,大学生などの若い成人と比較すると,加齢により表出能力の衰えが生じている可能性が指摘されている。怒りや悲しみなどの表情を演じる実験では,たとえ演技することができたとしても,第三者から見て何を演じたのかがわかりにくい傾向がある。このような表情のわかりにくさは,筋力の衰えによる表出の不明瞭さだけではなく,顔に刻まれた皺などにより,表情が他者に知覚されにくくなることにも原因があると考えられる。

【表情とコミュニケーション】 コミュニケーションの観点から見ると,表情は情報伝達のためのチャンネルの一つとみなすことができる。感情や情動の状態についての情報をどのように表情信号として表出し,送信するかというエンコーディングencodingの側面は,感情と表情との関係,および表情そのものの特徴を記述する研究に関係している。一方,表情がどのように認知され,どのように感情などの情報が処理されるのかという受信,あるいは解釈するというデコーディングdecodingの側面は,表情認知や感情判断の研究にかかわる。また,このような送信と受信を取り巻く文脈に焦点を当てた研究があり,状況や性別,文化などの要因は,コミュニケーションの文脈としてとらえることもできる。さらには,表情の認知者が一方的に感情判断をするだけではなく,認知者が表出者に対してどのように反応するか,すなわち送信者と受信者の相互作用に焦点を当てた研究も徐々に報告されるようになってきた。

 送信媒体としての表情に関しては,理論的には随意的な表出と非随意的な表出とを区分することができる。感情に関係したさまざまな情報として,思考や意思は一般に随意的に表出されるが,突然のことに驚いたり,悲しんだりするといった真の感情状態の表出は,非随意的であると考えられる。エクマンらによる基本表情はこのような非随意的な表情であり,感情や情動と表情とが強く結びつき,その関係は普遍的であると考えられている。また,欺瞞研究では,自分の感情状態を隠すときの随意的表情の特徴が問題にされ,表出の継続時間が不自然であったり,微小時間表出として真の感情を表わす表情が観察されたりするなどの結果が得られている。

 受信の側面である表情認知についての研究は,エクマンらの感情判断の研究を含めて数多く行なわれてきた。これまでの研究から,基本情動を表わす表情が一定の正確さで認知され,とくに幸福(喜び)の表情が認知されやすいことが示されている。また,認知において,怒り,悲しみ,恐れのような感情カテゴリーの判断とともに,快-不快,覚醒-睡眠のような情動次元に関する判断についての研究も組織的に行なわれており,感情や情動の認知が離散的でカテゴリカルなものか,連続的な次元に基づくものかについての論争がある。この論争については,中枢において,扁桃体などの個別の感情に対応する神経核が存在しているのと同時に,快-不快や覚醒水準に対応する視床下部や脳幹といった神経機構の存在を示すことができることから,感情や情動のカテゴリーと次元とは併存しており,必ずしも対立する概念ではないという説明もある。

 なお,表情認知の研究においては,かつては線画や写真が表情刺激の主な提示様態であったが,1990年代以降,コンピュータを用いたモーフィング(二つのCGの中間画像を作成する特殊撮影手法)やアニメーション,動画が用いられることが増えた。全般的な研究の結果は静止画像を用いたものを再現しているが,時間的要因を加味することにより,たとえば笑顔の印象が異なって認知されるなど,これまで検討されてこなかった表情の特徴が解明されつつある。

【表示規則と感情調整】 感情と表情との関係は普遍的であっても,実際に表出される表情はさまざまな文脈の影響を受ける。たとえ不快や怒りの感情が喚起されていても上司の前ではその表出を抑えて微笑んで見せるというように,表出される表情が喚起された感情と対応していないこともある。このように,個別的な特定の場面にふさわしい表情については文化的取り決めがあると仮定されており,表示規則display rulesとよばれる。また,文脈を手がかりに表情から相手の感情を読み取るためのルールとして,解読規則decoding rulesが仮定されている。

 このような規則は,個人が所属する集団や文化によって異なると考えられ,比較文化的研究が行なわれてきた。日本を研究対象に含む比較研究によると,総じて日本人表出者は抑制的で,真の感情表出を控える傾向があるが,一方で家族に対してネガティブ感情を表出する度合いはアメリカ人よりも高いことが報告されている。表示規則については,感情調整の観点からの発達的研究も行なわれており,すでに3~4歳の時点で表示規則に沿った行動が観察され,そこから2年程度の遅れで,表示規則の内容を理解するようになると考えられている。

 感情調整という観点で見ると,表情は調整の対象となる行動であるとともに,調整の手がかりとしての機能を果たす行動でもある。バンデューラBandura,A.(1971)によれば,学習においては,直接学習とともに,他者の行動とそれに対する正負の強化を観察することによって成立する社会的学習が重要な役割を果たすが,表情は年少児にとっても正負を意味する明確な手がかりとなるため,いずれの学習においても強化子として効果的である。たとえば,自分自身の行動,もしくは観察対象となっている第三者の行動へのフィードバックとして肯定的表情が示されれば,その行動は報酬を得られたものとして強化される。他方,過度の感情表出や文脈にふさわしくない表情は調整すべき行動とみなされ,さまざまな正負の強化が与えられることによって,抑制されたり,適切な表情に調整されたりすると考えられる。このような場合も,表出者を取り巻く人びとの表情は,強化子の一つとして重要な手がかりとなる。

 一般に感情の表出が適切に行なわれれば,それによって他者から効果的なフィードバックが得られることにつながり,表出-解読コンピテンスencoding-decoding competenceの獲得につながる。また,抑制が過ぎれば過小な表出による情報提供不足のために,他者からのフィードバックを得にくくし,抑制が低すぎれば過剰な表出のために,結果的に他者から罰を与えられたり,無視されたりするなどして,効果的なフィードバックが得られない。いずれの場合も適切なフィードバックを欠くために,感情の理解,感情の制御や調整について学ぶことができず,正常な感情能力の獲得につながらない可能性がある。

 表情と精神病理の関係については,20世紀後半から繰り返し検討されてきた。うつでは表情が全般的に表出されず,とくに肯定的感情の表出が限られており,統合失調症では健常者と比較して表情が乏しい傾向がある。また,自閉症やアスペルガー症候群でも表情が乏しいことが報告されており,同時に他者の表情を読み取る能力が十分ではないことが指摘されている。

【表情と感情・情動の諸理論】 表情と感情・情動の関係についてはこれまでに多くの研究が行なわれ,理論化が試みられてきた。大きく分けると感情・情動の主観的経験を説明するための表情の機能に注目した理論と,表情そのものを感情・情動との関係で説明しようとする理論がある。

1.主観的感情経験の源として表情を重視する立場:新しい末梢起源説

⑴顔面フィードバック仮説facial feedback hypothesis 一般に表情は感情経験の結果として生じると考えられているが,トムキンスTomkins,S.S.は,逆に感情経験の源として表情筋活動を中心にした顔面からのフィードバックを重視し,主観的感情経験には顔面の動きなどの情報が必要不可欠であるとする顔面フィードバック説を提唱した。この説によると,たとえば幸福や喜びという感情が喚起されると,中枢の感情プログラムはそれに対応した表情筋の活動(微笑み,笑いの表情)を産出する。次に,表情筋活動などに伴う神経インパルスの密度パターンについての情報が中枢にフィードバックされることによって,初めて幸福や喜びが主観的に経験される。これまでの研究を見ると,フィードバックが感情経験の必要十分条件という仮説は支持されていないものの,表情の生起と感情経験の相関関係は示されている。この理論は,主観的感情経験の起源は末梢にあるとするジェームズ-ランゲ説を,末梢の一つである表情に注目して検証しようとした説と考えることができる。

⑵顔面血流説facial efference theory 脳内の温度変化は神経伝達物質の分泌や合成に影響を及ぼし,快-不快といった感情経験に深くかかわっている。ザイアンスZajonc,R.B.らは,顔面筋活動によって生じる血液温度の変化に注目し,この血液温度の変化が,主観的感情経験の背景にあるという顔面血流説を提唱した。眼窩の奥,視床下部の真上には,静脈の血管が網の目状に分布している海綿静脈洞という洞窟のような部位があり,内頸動脈がこの部位を通って心臓から脳へ血液を供給している。海綿静脈洞は,動脈と静脈の間で血液の熱交換を行ない,脳へ達する動脈の血液温度の過剰な上昇を抑える働きをする。表情として表出される顔面筋の動きは,静脈を圧迫することで血液の流れを変えたり,吸い込む空気の量を調整したりして,身体内の活動へも影響を与えている。たとえば,笑顔に伴う大頰骨筋の収縮は,頰部静脈を圧迫することにより海綿静脈洞への血流を増大させ,同時に鼻腔に取り込まれる空気量を増やすことによって,海綿静脈洞中の血液温度を低める働きをしている。結果的に脳へ達する動脈の血液温度が低められることになり,快の感情が生じる。一方,怒りや悲しみの表情に伴う眉をひそめる皺鼻筋の収縮は,上眼静脈などによる眉間から海綿静脈洞への血流を低下させることで熱交換の効率を低下させる。その結果,脳へ達する血液の温度は相対的に高いままであり,不快の感情が生じることになる。この説は,血流の変化と動脈と静脈の血液を媒介した熱交換を前提としているため,短時間で生じる感情の変化を説明することは難しいが,気分やムードのような比較的長時間継続する感情的な変化を説明することはできる。

2.表情を全体としてとらえ,感情や他の機能と結びつける立場:基本表情説

⑴神経文化モデルneuro-cultural model 神経文化モデルは,エクマンとフリーセンによって提唱された表情のモデルで,表情が多くの文化に共通し人類に普遍的な性質をもつことから,感情に対応した表情を表出するための生物学的なプログラムがあると考える。同時に,文化間の変動を説明するために文化に固有の表情のルール(表示規則)を仮定し,そのようなルールが表情に影響を与えるとする。文化差の背景としては,喚起刺激によって喚起される感情や感情経験の結果が,社会的学習によって変動することも指摘している。このモデルは,表情の生物学的側面と社会文化的側面の両者を取り上げた相互作用論的な考え方である(図1)。エクマンらがどちらの側面をどの程度重視しているかは明示されていないが,文化相対主義的批判などの歴史的な流れの中で,彼らの研究では表情の普遍性が強調された傾向があり,全般的には生物学的側面が重視されていると考えられる。

⑵分離情動説discrete emotion theory イザードによる分離情動説は,個々の情動を離散的にとらえ,それぞれが認知や行為に異なる影響を与える,区別された動機づけのプロセスであることを強調しており,以下の五つの仮定に基づくものである。また,イザードは,これらの仮定に加えて,基本的情動には個別で特定の顔面動作,表情がそれぞれに対応していると説明する。

①興味,喜び,驚き,悲しみ,怒り,嫌悪,軽蔑,恐れ,恥,罪感情の10の基本情動が,人間の主要な動機づけシステムを構成している。

②個々の基本情動は,特定の体制化と動機づけの機能と独自の経験的特性をもっている。

③喜び,悲しみ,怒りのような基本情動は,異なる内的経験をもたらし,認知や行為に対して異なる効果を与える。

④感情プロセスは,ホメオスタシスや動因,知覚,認知,運動プロセスと相互作用し,また影響を与える。

⑤逆に,ホメオスタシス,動因,知覚,認知,運動プロセスは,感情に影響を与える。

3.表情の構成要素と感情およびその機能との関係を重視する立場

⑴要素処理説component processing theory シェーラーScherer,K.R.は要素処理説を提案し,刺激状況についての情報(次元)を順次評価していく刺激評価照合stimulus evaluation checkの結果として感情が生じると論じている。たとえば,友人と思いがけず久しぶりに会ってうれしいという感情を経験する場合は,予期していない(新奇性の評価),快(快-不快の評価)の刺激が,驚きを伴う喜びやうれしさという感情を喚起すると説明することができる。

 生体が評価する刺激の性質は,生き残りのために重要と考えられるものであり,それを緊急度の高いものから次の順に評価していくと考えられている。①新奇性と非予期性,②快-不快の主要な性質,③目標との関連性,④対処の可能性と因果関係の帰属,⑤刺激状況の社会的規範や自己概念との比較。個別の感情は,このような階層的評価が行なわれた結果として生じると考えられている。

 要素処理説の特徴は,これらの評価次元の①~④が,単に感情の認知的評価側面にとどまらず,観察可能な行動をも説明の対象にしていることである。刺激評価の結果に応じて,生体にはさまざまな適応的動作が生じると仮定し,その組み合わせとして表情や動作が生じていると考えている。たとえば,予期せぬ旧友との出会いでは,驚いた喜びの表情が一つの単位として表出されるのではなく,新奇性の評価の結果として眉が上がり,快の評価の結果として口角が引き上げられることで,全体としては眉を上げた微笑みのような表情が表出されると説明される。さらに,評価は継続的に行なわれ,もし相手の意見が自分と異なり,目標に対して妨害的であれば眉間に縦じわが入り,相手より自分の地位が高く影響力を及ぼすことができれば対処の可能性が高く,歯を見せ,口を緊張させるかもしれない。(図2)。

⑵行動生態説behavioral ecology theory フリッドランドFridlund,A.J.は,行動生態学的な立場から,顔全体の表出パターンとしての表情は,表出者がおかれた文脈に生態学的に対応するための社会的動因social motiveが反映されたものであると論じている。表情に生物学的側面があることを基本的には踏まえつつも,それは限定的な反射行動であり,エクマンやイザードらが主張するような特定の感情に対応した顔全体を一つの単位にした表情があるわけではないとしている。 →驚き →快-不快 →悲しみ →感情 →幸福感 →情動と進化 →性差 →笑い
〔中村 真〕

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