言語発達(読み)げんごはったつ

最新 心理学事典の解説

げんごはったつ
言語発達
language development

言語発達とは,母語習得の過程を,理解comprehensionと産出productionの発達の面からとらえることを指す。

【言語の三つの水準】 言語は,音素,単語,文という三つの水準から成る。すなわち,有限の(それ自体では意味をもたない)音素phonemeが結合されて,意味をもつ単位である単語word(形態素)が形成され,その単語がさらに文法ルールによってつなげられることにより,より複雑な意味内容を表現できる文sentenceとなる。言語発達研究においても,これら言語の三つの水準における発達,すなわち子どもはいかにして母語の音素カテゴリーを形成し,意味ある単語を学習し,複雑で精密な意味の表現可能な文を生成するためのルール(文法grammar)を身につけるのかが,中心的なテーマとなってきた。

【言語を聞き取る能力の発達】 子どもが単語らしきものを発するようになるのは,1歳近くになってからである。しかし,これは,言語発達は1歳にならないと始まらないということではない。子どもは胎内にいるときから,母親の発話を聞いているようである。これは,生まれて数日の子どもでもほかの言語よりは母親の話す言語を聞きたがる,といったことからも示唆される。すなわち,ミルクの出ないおしゃぶりを子どもにくわえさせ,それを吸うペースが速いときは母語が聞こえてきて,ゆっくりであるときには外国語が聞こえてくるというように,吸い方によって聞きたい言語を選べるようにしてやると,生後数日の子どもでも母語を選ぶのである。ただし,実際に発話は胎内にいる子どもに,何を言っているかははっきりしないが声の強弱や高さの変化などはわかる,というような音のパターンとして届くのであり,生まれたばかりの子どもが記憶しているのは,このような発話のリズム的側面なのだと考えられる。

 こうして生まれた子どもは,発話がどのような音素や単語からできているかという分析に取りかかる。まず,音素についていえば,どの音素と音素を区別し,どこは区別せずに同じ音素とみなすかは,言語によって少しずつ異なる。たとえば,英語ではLとRを区別するが,日本語では区別しない。そのため,日本語話者のおとなはLとRの区別ができない,といわれる。しかし調べてみると,生後半年ほどのころは日本語圏で育つ子どもも,英語圏で育つ子どもと同じくらいよくLとRの音を区別する。それが,その後,英語圏で育つ子どもは,ますますLとRの区別に敏感になっていく一方,日本で育つ子どもはこの区別にあまり敏感でなくなっていく。このようにして子どもは,母音については生後半年くらいまでに,子音は生後1年くらいかけて,自分の母語で必要な区別に応じた音素カテゴリーを作り上げていく。

 ほかに,音の違いに対する敏感さという点では,生後7ヵ月くらいの子どもは,同じ単語が別の人の声で話されたりすると,それらの単語が同じであるとわからないことがある。おとなにしてみれば,同じ音素からなる同じ単語であっても,ゼロ歳児にとっては,声の違いゆえに違って聞こえるということのようだ。しかし,音声言語としては,同じ単語が,女性の声で言われようと,男性の声で言われようと,同じであるとわからなければならない。また,人によって多少,発音の仕方に揺れがあっても,それがその言語において許容される範囲内に収まっているのであれば,同じ音素は同じであるとわからなければならない。生後1年をかけて子どもは,自分の母語では区別しない音素の違いに対する敏感さを失っていくように見えるが,これは,自分の言語で同じ単語は同じとわかるために必要な音素カテゴリーを形成していっていることの裏返しにほかならないのである。

 他方,ゼロ歳後半の時期に子どもは,急速に発話を単語という単位に分割して聞き取ることができるようになっていく。もちろん,単語についての知識がない子どもにとって,単語とは,いつも決まったつながりで出てくる音のかたまりにすぎない。それでも,これまでの研究の示すところによると,7ヵ月の子どもは,初めて耳にする発話をごく短い間(2分程度)聞かされただけで,そこに含まれる決まった音のかたまりを切り出すことができる。音と音のつながる確率は単語の内部では100%であるのに対し,単語の境界ではそれより低くなる。このような音素の遷移確率transitional probabilityに子どもは早期から敏感で,それを手がかりにして,単語を切り出すのである。なお,この「決まった音のかたまり」の中には,たとえば,子ども自身の名前など子どもの生活の中で飛びぬけて高い頻度で用いられているものがある。これまでの研究でも,子どもは4ヵ月になれば自分の名前をほかの単語と区別し,6ヵ月になれば発話において自分の名前を手がかりに,隣り合って出てきたほかの単語を切り出すことが示されている。

 ほかに,子どもは,強く発音される音を,発話から単語を切り出すときの目印としていることもわかってきた。英語では,語頭に強勢(ストレス)のある単語が多いため,強勢はそこから単語が始まることを示す有効な目印となる。英語圏の7ヵ月児は,語頭に強勢がある2音節の単語(例:doctor)なら正確に発話から切り出すことができる。もっとも,単語の始まりを見つけ出す手がかりとして強勢を重視しすぎるためか,この月齢の子どもは,強勢が語頭にない単語(例:guitar)については,強勢のあるところ(例:guitarのtar)から単語を切り出すような誤りも犯す。日本語でも,多くの育児語が,「アンヨ」「クック」のように,特殊拍によって最初の音節を強調したリズムをもつが,日本の子どもも,このように語頭の強められたリズムをもつ単語は,そうでない単語より早い時期から聞き取れる。

 さらに,それぞれの言語は,どのような音素と音素のつながりを許し,どのようなつながりは許さないかといった,音素配列上の固有の特徴をもつ。英語では,stのような音素のつながりは単語の内部ではよく生じるが,ztのようなつながりが単語の内部で生起することはまずない。1歳近くになれば,英語圏の子どもは単語の切り出しにこのような情報も利用できるようになる。こうして1歳の誕生日を迎えるころまでに,子どもは,さまざまな手がかりを用いて,自分の母語の発話に出てくる単語をかなり正確に切り出せるようになっていく。

【語彙の獲得】 子どもは,1歳近くになると最初のことば(初語first word)を発する。初語を厳密に定義するのは簡単ではないが,子どもが決まった短い音のかたまりを,特定の状況やものと結びつけて使用していることがわかると,おとなたちは子どもがことばを話したと感じる。

 初語が出た後しばらくの間,子どもの語彙は,月に1~5語といった,比較的ゆっくりとしたペースでしか増えていかない。それには,二つほど理由が考えられている。第1に,単語の意味を知るためには,話者がその単語を言ったとき(子ども自身ではなく,話者が)何に注意を向けていたか,に注目しなければならないが,このような情報を使って単語の指示対象を割り出すことは,1歳ころの時期ではまだ難しい。もちろん,他者の注意と自身の注意を重ね合わせる共同注意joint attentionは,1歳少し前ころからできるようになっているが,それを単語の意味推論において確実に使うこと,たとえば,話者が単語を発したときに子ども自身は話者とは違う対象に注意を向けていたとしても,あえて話者の注意を優先してその単語の指示対象を定めるようなことは,1歳半くらいにならないと,確実にできるようにはならない。

 第2に,単語と指示対象を結びつけることに成功したとしても,その単語がその対象のどこを指すのかはまだ明らかでないという問題もある。すなわち,たとえば白毛のイヌに「ワンワン」という単語を結びつけることができても,この「ワンワン」が具体的にどのような概念を指すのか(「イヌカテゴリー」を指すのか,「白い」とか「毛がふさふさした」のような属性を指すのか)はまだ決まらないのである。このことは,この時期の子どもの単語の使い方にも現われている。たとえば,ある子どもはまず,白毛のイヌに結びつけた単語を,イヌだけでなく,ネコやクマ,さらには白いもの一般や,白くなくても毛のふさふさしたものにまで使うようになった(過剰適用overextension)。その一方で,別の子どもは,窓からクルマを見て覚えた単語を,同じ状況でクルマを見た場合にのみ使い,ほかの状況では使わなかった(過剰限定underextension)。このような単語の使い方がおとなの目に奇異に映るとすれば,おとなはすでに,事物を示して単語が言われたら,それはたいていその事物の名前であって,同じ一つの単語が事物の名前であると同時に属性の名前であったりすることはまずない,ということを知っているからである。そのような「単語の意味についての常識」をまだ身につけていない子どもにとって,一つひとつの単語の学習は,たいへんな試行錯誤を伴うものであり,それゆえに,この時期の単語獲得スピードは,比較的ゆっくりとしたものにならざるをえないのだろう。

 それがやがて産出語彙が50~100語を超えたころから,子どもの語彙獲得のスピードは,月に30~60語あるいはそれ以上,といった爆発的なものに転じる。この語彙の急増現象は語彙爆発(語彙のスパート)vocabulary spurtとよばれる。この時期になると子どもは,単語を指示対象とスムーズに結びつけ,そのようにして学習した単語を,すぐに過剰適用したり過剰限定したりすることもなく,適切に使っていく。たとえば,白いイヌを指して「イヌ」と教えられればすぐに,その単語をほかのイヌを指すのにも使うだけでなく,その同じ単語をイヌ以外の動物を指すのに使ったり,ましてや毛がふさふさしているとか白いなど,どこか少しでも最初のイヌと似たところがある対象になら何にでも適用したり,といったことはもうしない。このように子どもは,最初の50~100語程度を学習する中で,単語に対応づけるべき概念とはたいていどのようなものかを理解し,単語を意味へと即座に対応づけられる(即時マッピング)ようになったことで,急速に語彙を増やしていくようになる。こうして,3歳の誕生日を迎えるころまでに,子どもの語彙は600語程度にはなる。

【単語をつなげて話す能力の発達】 1歳の前半ころまで,子どもの発話utteranceは,一度に一つの単語だけを言う,といったものである(一語発話one-word utterance)。それが,1歳半を過ぎ,語彙の爆発的な増加期に突入すると,子どもは一度に二語(二語発話two-word utterance),さらには三語以上(多語発話multi-word utterance)をつなげた発話をするようになる。

 単語をいくつかつなげて発話するようになったばかりのころ,子どもは,「Jane want apple」とか「ワンワン イタ」のように,機能語が抜け落ちた発話(電文体発話)をよくする。機能語function wordとは,日本語では助詞,英語では冠詞やbe動詞など,具体的な指示対象はもたず,主に文法的な役割を果たす単語のことである。概して,短く知覚的には目立たないが,数が少ないため,結果的に発話の中に高い頻度で現われることになる。

 単語をつなげた発話をするようになった最初のころ,なぜ子どもが機能語を落とした発話をするのかについては,その役割がまだ十分に理解できていないためであるとか,そもそも子どもにとっては複数の単語をつなげて発話することは負担が大きいので,強勢などがない部分は発話から落ちてしまうのだといったことが議論されてきた。ただ,自分が話すときには機能語を落として発話している2歳前半の子どもが,ほかの人の発話で冠詞が落ちたものを聞かされると理解に手間取ることも示されている。このようなことから,子どもは自分で機能語の抜けた発話をしていても,言語理解においてはそれを手がかりにしていることが示唆される。

 実際に,機能語に注目できるということは,言語理解の助けになると考えられる。というのも,発話において,英語なら冠詞は必ず名詞(句)の前にき,日本語で助詞は必ず名詞の後にくる,というように機能語は文法的な構造の区切れ目に位置する。また,単語レベルでも,英語の冠詞や日本語の助詞は,隣り合った単語が名詞であることを知る手がかりになる。そして最近の研究では,子どもたちは1歳半ころまでには,隣に助詞や冠詞がきているということを手がかりに,初めて耳にしたその単語が「名詞」なのかそうでないのか,その統語的なふるまいを予測できるようになっていることが明らかにされている。すなわち,日本語でいえば,1歳半の子どもは,ある発話では「~が」のように助詞「が」が後に付いて出てきた単語が,別の発話では「~を」のように別の助詞を伴って出てきても驚かないが,その同じ単語が「~らない」のように動詞の活用語尾を伴って別の発話に出てくると驚くのである。

 ほかに,発達途上にある子どもに見られる特徴的な文法間違いとして,過剰般用overgeneralizationという現象が見られる。たとえば,英語圏の子どもでは,いったんはbrokeやwentなどの不規則変化動詞の過去形を正しく使っていたものが,おそらく多くの動詞は語尾に-edを付けて過去形を作るというルールを理解するようになった結果,そのルールを不規則変化動詞にまで拡張し,breakedやgoedなどと言うことを指す。また,日本語では,初めは「アカイハナ」のように正しく形容詞と名詞を接続できていた子どもが,名詞と名詞は「ノ」でつなげるというルールを知ると,「アカイノハナ」と言うようになる場合がある。なお,このような子どもの発話を詳しく調べた研究によると,その子どもは,知っている形容詞すべてに「ノ」を付けて名詞と接続するという方法を適用していたわけではなかったという。「アカイノ」のように,形容詞の後に「ノ」を続けることによって体言化して使ったことのある形容詞にだけ,名詞に接続するときにわざわざ「ノ」を付けていたのである。このようなことから,子どもは言語発達の過程で,単語や形態素のつながりの背後にあるルールを推測し仮説を生成するだけでなく,その適用範囲は具体的なデータに基づいて決めていることがわかる。

 こうして3歳くらいになれば,子どもは「ノデ」や「トキ」などの接続詞を使って文と文をつなぎ,その言語における基本的な表現形式は一通り使いこなせるようになっているのである。

【言語獲得のメカニズム】 子どもは,周囲で話されている言語が何語であれ,その言語を身につける。このような点から見ても,子どもの言語獲得language acquisitionにおいて,言語入力が決定的な役割を果たしていることに間違いはない。では,子どもは,耳にする言語刺激から,どのようにして何を学習し,自らもその言語を使いこなせるようになるのだろうか。

 最も素朴に考えられるのは,子どもは聞いたことのある単語のつながり(発話),とくに高い確率で出てくる単語のつながりをそのまま覚えて自分でも使うようになるということである。しかし,おとなは,耳にした文が,自分が以前には聞いたことのない単語のつながりになっていても,それを理解することができる。また,言語獲得途上にある子どもも,不規則変化動詞(例:go)に-edを付けた過去形を使うというように,自分が耳にしたはずのないことばを口にする。このようなことから,子どもは言語獲得において,聞いたことのある単語のつながりをそのまま覚えて使うようになるのではなく,その背後にあるルールを推測して身につけるのだということがわかる。

 では,単語の並べ方を律するルールを子どもはどのようにして身につけるのか。これについて,経験主義的な立場からは,子どもは「似た発話」の事例を蓄積し,時間をかけて,それらに共通して備わっている構造的なルールを抽出していくと考えられてきた。とくに日本や欧米において,おとなは乳児に話しかけるとき(対乳児発話infant-directed speech),子どもの注意をよく引くような高い音程の声,おおげさな抑揚,単純な文を用いることが知られている。このようなおとなの働きかけも,子どものルール抽出を助けているのではないか,と考えられたのである。

 しかし,世界を見渡してみれば,子ども自身が話すようになる前は,子どもに向かって話しかけないという文化も存在し,そのような文化においても子どもは確実に言語を身につける。また,発話同士は,何が似ていれば「似ている」とみなしてよいのかの判断がつきにくい。たとえば,「男はイヌと散歩した」という文と「男はイヌを追いかけた」という文には同じ単語が含まれているが,そのような表面的な類似性を手がかりとしてこれら二つの文を対応づけて,そこから共通の構造を抽出しようとしたのでは,正しいルールを抽出しそこねてしまうだろう。

 こうしたことから,生得主義的な立場においては,言語にどのような要素(この「要素」としては単語のような具体的なレベルではなく,名詞とか,主語のように,もっと抽象的で言語に固有なカテゴリーが想定されている)が含まれ,それらは文においてどのように結合されるかについての知識が,人間の子どもには生得的に備わっていると主張された。この知識は普遍文法universal grammarとよばれ,地球上の言語はすべてそのバリエーションとして説明できるような,すべての言語の文法に通じるような概略的な知識であるとされる。だからこそ,子どもは,自分がこれから身につけようとしているその言語では,名詞や動詞,さらには句や節がどのように標示されているかを見いだし,それを手がかりに,その言語で実現されているそれらの要素の連結の仕方は,普遍文法におけるどのバリエーションであるかがわかれば,その言語の文法を使いこなせるようになる。生得主義的な立場ではこのように考えられたのである。

 こうして20世紀の後半,言語獲得のメカニズムをめぐる議論においては,この生得主義的な立場が,経験主義的な立場に対して優位でありつづけた。それは,前述したように,おとなが子どもに話しかけない文化のもとでも,子どもたちは言語を獲得していくということがあり,また発話の構造を見いだすために,子どもは言語入力を分析するための特別な知識をあらかじめ備えていなければならない。ほかにも,子どもは言語を言語入力から(言語固有の知識を用いることなく一般的な学習メカニズムのみを使って)学習するという考えに対して懐疑的にならざるをえない理由として,以下のような二つのことが指摘されてきた。一つは,子どもが耳にする文は(途切れていたりして)文法的に正しいものばかりでない(刺激の貧困)にもかかわらず,子どもはそこからどのようにして正しい文法に到達できるのかという問題(プラトンの問題),もう一つは,子どもの発話が文法的に間違っていても,おとなはそれに対して否定的なフィードバックを返すことはほとんどないという事実(否定証拠の欠如)である。

 このうち,刺激の貧困については,その後,おとなから子どもへの話しかけにおいて文法的誤りは実は非常に少ないのではないかということが指摘されている。しかし,他方の否定証拠の欠如という問題は現在も解決されていない。これが問題になるのは,子どもが耳にした発話サンプルを基に文法ルールについての仮説を立てるとして,その適用範囲がどこまでかを定めるうえで,文法的間違いに対する否定的なフィードバックの存在は非常に重要な役割を果たすと考えられたためである。そのため,「経験からの学習」によって言語獲得を説明しようとする立場にとって,この事実は大きな問題となったのである。

 それでも1990年代以降,発話から構造を抽出するにあたって何を単位とすべきかについては,発話における韻律prosodyや,単語の統計的な分布(例:名詞は特定の機能語と共起しやすい)などが手がかりとなることが明らかにされた。このような状況を踏まえ,現在,心理学研究における生得主義的立場と経験主義的立場との論争は,このように韻律や単語の分布を手がかりとして抽出された要素の役割を子どもはあらかじめ(生得的に)知っているのか,知っていることによって子どもはどれだけスムーズに発話の文法解析を進め,結果として早期から抽象的な文法ルールを使いこなせるようになっているか,ということをめぐってなされてきた。具体的にいうと,経験主義的立場は,子どもは時間をかけて事例を集めて文法ルールを抽出すると主張する。その根拠になっているのは,子どもの産出データである。子どもの産出を見てみると,文を話すようになった最初のころ,子どもの動詞の使い方はそれぞれの動詞を決まった構文でのみ用いる,たとえばある動詞はSVOの構造で使う一方,別の動詞は同じ構造で用いない,といったものである。そのような時期が長く(1~2年)続いた後でやっと子どもは,すでに自分が特定の動詞で用いている構文を,覚えたばかりの新しい動詞にも適用して使うといったことを積極的にするようになる。

 これに対して,生得主義的立場は,言語理解に着目すれば,子どもは非常に早い時期から抽象的な文の構造を理解していることがわかる,という。たとえば,「ウサギがアヒルをXしている」という文を聞かせながら,ウサギがアヒルに働きかけている場面のビデオと,アヒルがウサギに働きかけている場面のビデオを同時に見せると,語をつなげて話せるようになったばかりの子どもでも,ウサギがアヒルに働きかけている場面のビデオを見る。ここで,子どもに聞かせる文では,わざわざ子どもが聞いたことのないような新奇な動詞が使われているのだが,それでもこのようなことができるのは,子どもがすでに,SVOの構文において,Sの位置にくる単語は動作主体を表わし,Oの位置にくる単語は動作対象を表わす,といった抽象的な文法ルールを理解できているためと考えられる。

 このように,両立場から提出されるデータは,言語産出に注目するのか,言語理解に注目するのか,という違いがあり,産出において年齢が低い子どもほどルールの拡張には慎重であることもわかってきている。今後の議論は,単純に「生得か学習か」ではなく,このような低年齢児の慎重さの意味することまでも含めて,言語,とくに文法ルールの獲得を説明するのにほんとうに必要な生得の道具立てとは何かを絞り込んでいくような研究でなければならないだろう。

【言語獲得における個人差】 子どもは,地球上どの文化においても周囲で話される言語を獲得する。とはいえ,その方略はすべての子どもで同じ,というわけではない。子どもが最初の50語を獲得するまでの時期に見られる個人差として,1970年代以降,繰り返し指摘されてきたのが,命名志向referential intentionと表出志向expressive intentionである。命名志向の子どもは,最初の50語の中で名詞の占める比率が高く,単語をつないだ発話をする場合には,一つひとつの単語を明瞭に発音しながらつないでいく。それに対して,表出志向の子どもは命名志向の子どもに比べると,最初の50語に,代名詞や挨拶など社会的相互作用に用いられることばが多く含まれる。しかも,産出語彙が50語程度の非常に早い時期から,文レベルの発話(例:「Stop it」「I want it」)もかなり見られる。ただし,その発音は単語一つひとつを明瞭に発音するようなものではなく,むしろ文全体のイントネーションを正確に再現するようなものである。

 このように言語獲得の二つのスタイルが指摘され始めたころ,これら二つのスタイルは,言語獲得の最初期に主にどのような種類の単語を獲得しているか,ということだけでなく,その子どもの対人志向性までを含んだ,複合的なものとして考えられていた。しかし,その後の研究で,最初期の語彙の構成と子どもの対人志向性との間に関連は見いだされなかった。むしろ現在では,これら二つのスタイルは,言語獲得のために用いる方略の違いと考えられるようになっている。すなわち,表出志向の子どもが,耳にした文全体を丸ごと覚えてそのまま使う(そのため,表面的にはその子どもは代名詞をよく使うように見える)のに対して,命名志向の子どもは,まず単語を覚え,それをつなげて文を作る,というように部分から全体に積み上げていく方略を取っているのである。 →言語獲得の臨界期仮説 →語意学習 →初期言語 →乳児期 →幼児期
〔針生 悦子〕

出典 最新 心理学事典最新 心理学事典について 情報

世界大百科事典内の言語発達の言及

【幼児語】より

…幼児の言語。以下,幼児期を3期に分け,乳児期,幼児前期,幼児後期として,言語発達・言語習得の過程と幼児言語の特質を概観することとする。乳児期は言葉の準備期で,初語の出る10ヵ月から1歳ごろまで,幼児前期は,日常生活に必要な地域社会で用いる語や文や音声が使えるようになる時期,幼児後期は小学校にあがるまでで,言語による自己行動の調整(内言(頭で考える))ができるようになる時期である。…

※「言語発達」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

今日のキーワード

プレッパー

非常事態に備え、食糧や自衛のための武器・弾薬などを過度に備蓄している人のこと。「備える(prepare)」から生まれた言葉で、2012年現在では米国に最も多く存在し全米で300~400万人にのぼるとみ...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

言語発達の関連情報