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ボナパルト家 ボナパルトけBonaparte

翻訳|Bonaparte

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ボナパルト家
ボナパルトけ
Bonaparte

ロンバルディア起源のコルシカの家系。13世紀以降イタリアのフィレンツェ,トレビソ,ベロナ,パドバにそれぞれ居を定めたが,ジェノバ地方のサルザナに定着した分家が 16世紀初めにコルシカ島に渡り,後年ナポレオン1世が誕生した。18世紀中葉ナポレオンの生まれる直前,ボナパルト家はまだ 4分の3はリグリア人系,わずか 4分の1がコルシカ人系であったが,コルシカ島で最も古い家系の一つボッツィ家と 2回にわたって縁組し,ボッツィ家に伝わるナポレオンという洗礼名を採用した。

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世界大百科事典 第2版の解説

ボナパルトけ【ボナパルト家】

フランス皇帝ナポレオンの出た家系。この家系は,16世紀にイタリアのフィレンツェからコルシカ島のアジャクシオの町に移住し,代々役人や聖職者を出していた。ナポレオンの父カルロCarlo Buonaparte(1746‐85)はイタリアに出て法律を学び,レティチア・ラモリノと結婚,12人の子を持ち,うち8人が成長した。彼はパオリの率いるコルシカ独立運動に参加したが,1768年にコルシカがジェノバ領からフランス領になって以後はフランス勢力に接近,コルシカ地方三部会の貴族代表となった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ボナパルト家
ぼなぱるとけ
Bonaparte

フランス皇帝ナポレオン1世や3世の誕生した家柄。先祖はイタリアのロンバルディア地方の出。13世紀からイタリア諸地方に広がり、16世紀初めごろジェノバ領コルシカ島のアジャクシオに移住した一族から、2世紀半ほどの不明ののち、カルロ・ブオナパルテ(フランス名ではシャルル・ボナパルト、1746―85)が現れた。彼は公証人で、コルシカの独立運動などに参加、妻レティツィア・ラモリーノとの間に5男3女が成長、ナポレオン(イタリア名ナポレオーネ)・ボナパルト(後のナポレオン1世、1769―1821)は男子の2番目であった。彼の兄ジョゼフJoseph(1768―1844)、弟リュシアンLucien(1775―1840)、ルイLouis(1778―1846)、ジェロームJrme(1784―1860)はそれぞれボナパルトに関連して史上に名をとどめ、ボナパルトの子ナポレオン2世(1811―32)は即位しなかったが、ルイの第3子ルイ(1808―73)はナポレオン3世として帝位につき、その死後はジェロームの第4子ナポレオン(1822―91)の家系が帝位継承権をもった。[山上正太郎]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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