エピステーメー(読み)えぴすてーめー(英語表記)epistēmē ギリシア語

日本大百科全書(ニッポニカ) 「エピステーメー」の意味・わかりやすい解説

エピステーメー
えぴすてーめー
epistēmē ギリシア語

「知識」という意味をもつギリシア語古代哲学においてこの語は、主にドクサ根拠のない主観的信念)に対立するものとして、根拠ある知識、真なる知識を指し示していた。フランスの哲学者ミシェル・フーコーは、とりわけ1960年代の著作において、この語に新たな意味を与えつつ使用する。彼の定義によれば、エピステーメーとは、ある特定の時代のさまざまな科学的言説のあいだに見いだされる諸関係の総体のことである。それは、閉じられたシステムではなく、くみ尽くすことのできぬ領野を開くものであり、不動形象ではなく、切断やずれや一致から成る可動的な総体を構成するものであり、諸科学の成立を妨げるのではなく、それを可能にするものである。また、諸科学の権利にかかわるのではなく、諸科学が存在するという事実にかかわるものである。

 エピステーメーという語のこうした使用に含意されているのは、科学の歴史を、言説そのもののレベル、実際に語られたことそのもののレベルにとどまりながら記述しようとするフーコーの態度である。したがって、エピステーメーは、言説とは別のレベルにある主体や精神などを指示するものとしての、認識の形式や合理性の類型などとは区別されなければならない。この語がとりわけ頻繁に使用されるのは、『言葉と物』Les mots et les choses(1966)においてである。そこでは、「表象」の自律性のもとに博物学、一般文法、富の分析を可能にしていた17、18世紀のエピステーメーから、生命言語、労働に関する諸科学および人間に関する経験的探求出現をもたらした近代のエピステーメーへの変化が分析されている。

 70年代になって、フーコーにおける分析の対象領域が言説的な領域から非言説的な領域へと移行するとともに、エピステーメーという語は次第に使用されなくなり、かわって、より一般性をもつ概念としての「装置dispositif」が用いられることになる。すなわちエピステーメーは、「装置」のうちで特に言説のみにかかわるもののことであるとされるようになるのである。

[慎改康之]

『ミシェル・フーコー著、渡辺一民・佐々木明訳『言葉と物』(1974・新潮社)』『ミシェル・フーコー著、中村雄二郎訳『知の考古学』(1995・河出書房新社)』『ミシェル・フーコー著、蓮實重彦・渡辺守章監修、小林康夫・石田英敬ほか訳『ミシェル・フーコー思考集成』全10巻(1998~2002・筑摩書房)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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