ポランスキー(その他表記)Polanski, Roman

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ポランスキー」の意味・わかりやすい解説

ポランスキー
Polanski, Roman

[生]1933.8.18. フランス,パリ
映画監督,脚本家,俳優。さまざまなジャンルの映画を通じて,孤独,欲望,不条理などのテーマを追究してきた。ポーランド人移民の子としてパリに生まれ,3歳のとき家族でポーランドのクラクフ移住。まもなく両親がナチスの強制収容所に収容され,母親はそこで死亡した。ポランスキー自身は強制収容所から逃れて戦争を生き延び,14歳で舞台に立つ。のちに 1950年代のポーランド映画復興の立役者であるアンジェイ・ワイダ監督の映画にも出演した。1959年ウッチの映画学校を卒業したが,在学中にすでに数本の短編で賞を獲得。初の長編監督作となるサスペンス映画『水の中のナイフ』Nóz w wodzie(1962)で国際的名声を得た。1962年にポーランドを離れたのち,イギリスやアメリカ合衆国でいくつかの大作映画を制作。ハリウッドで活動中の 1969年,妊娠中だった 2番目の妻で女優のシャロン・テートが,チャールズ・マンソン率いるカルト集団に惨殺される。1977年には未成年者との猥褻行為により逮捕,有罪判決を受けたが,保釈期間中にフランスに逃れた。1989年,『フランティック』Frantic(1988)などに起用したフランスの女優エマニュエル・セニエと結婚。ナチス占領下のポーランドにおける実話題材にした『戦場ピアニスト』The Pianist(2002)でカンヌ国際映画祭パルムドール,アカデミー賞監督賞などに輝いた。他の代表作は,『ローズマリー赤ちゃん』Rosemary's Baby(1968),『チャイナタウン』Chinatown(1974),『テス』Tess(1979)など。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

百科事典マイペディア 「ポランスキー」の意味・わかりやすい解説

ポランスキー

映画監督。パリ生れ。3歳の時ポーランドに移る。第2次大戦後,美術学校と映画学校に学ぶ。長編第1作《水の中のナイフ》(1962年)でベネチア映画祭国際批評家連盟賞を,続く《反撥》(1965年)もベルリン映画祭審査員賞を受賞した。社会的に孤立した人物主人公とした心理サスペンスが多い。西側に移住後の作品に《チャイナタウン》(1974年),T.ハーディ原作の《テス》(1979年),《フランティック》(1988年),《死と処女》(1995年)などがある。オカルト映画ブームの先駆けとなった《ローズマリーの赤ちゃん》(1968年)を発表した翌年,妊娠中の妻で女優のS.テートがC.マンソンとその〈ファミリー〉に虐殺される事件に見舞われた。
→関連項目カサベテスニコルソンフォード

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

今日のキーワード

カイロス

宇宙事業会社スペースワンが開発した小型ロケット。固体燃料の3段式で、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発を進めるイプシロンSよりもさらに小さい。スペースワンは契約から打ち上げまでの期間で世界最短を...

カイロスの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android