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マジソン Madison, Dolley

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

マジソン
Madison, Dolley

[生]1768.5.20. ノースカロライナ
[没]1849.7.12. ワシントンD.C.
アメリカ合衆国第4代大統領ジェームズ・マジソン夫人。1790年法律家のジョン・トッドと結婚したが,1793年夫と死別し,翌 1794年マジソンと結婚。社交上手で内助の功が大きかった。1801年マジソンが国務長官となったとき,夫人を亡くした大統領トマス・ジェファーソンのためにホワイトハウスホステスとして活躍したことで知られる。

マジソン
Madison, James

[生]1751.3.16. バージニア,ポートコンウェイ
[没]1836.6.28. バージニア,モントペリール
アメリカの政治家。第4代大統領 (在任 1809~17) 。 1771年ニュージャージー・カレッジ卒業。独立革命の頃から政治活動に入り,バージニア憲法会議,大陸会議,新邦憲法下のバージニア邦議会で活躍。強力な中央政府樹立を主張し,87年の合衆国憲法制定会議で大邦優先案である「バージニア案」を提案,さらに A.ハミルトン,J.ジェーとともに新憲法批准賛成論を積極的に展開し,『フェデラリスト』 The Federalist (1787~88) で論陣を張った。その後 89~97年連邦下院議員。この頃連邦派から T.ジェファーソンのリパブリカンズ (共和派) 支持にまわった。 98年思想,言論の自由を圧迫する連邦派政府の外人法および治安法の施行に対し,州権論の立場から「バージニア決議」を執筆。 1801年ジェファーソン政府の国務長官,08年ジェファーソンの支持で大統領に当選。彼の大統領時代にアメリカは,ナポレオン戦争をめぐる緊迫した国際情勢下で,イギリス海軍による強制徴用問題と,イギリス勢力を一掃して西方への拡張を求める世論とを背景に,アメリカ=イギリス戦争 (1812) に突入。戦争による国内工業の発展とナショナリズムの高揚で国民経済の自立が推進され,大統領第2期には,保護関税の成立,第二合衆国銀行の設立,内陸開発事業などにより国民経済発展の基礎が固まった。 17年3月引退。

マジソン
Madison

アメリカ合衆国,ウィスコンシン州の州都。州中南部の豊かな農業地域の中心地で,メンドータ,モノナ湖間の地峡部に位置する。 1836年建設。ウィスコンシン大学本部 (1848) をはじめ,連邦,州,郡,市の公的機関などがあり,技術者,専門家が多い。卸・小売業も盛ん。第1次世界大戦後立地した乾電池,精肉,機械,医療器具などの工業も行われる。アメリカ合衆国林産物研究所や軍関係の諸学校,州立歴史博物館がある。湖周辺は夏の保養客が多い。人口 23万3209(2010)。

マジソン
Madison

アメリカ合衆国ニュージャージー州北東部の町。ニューアークの西約 29kmに位置する。温室農業の中心で,「バラの町」と呼ばれている。宝石,織物も主産業。ドルー大学,セントエリザベス・カレッジ(1899),フェアリーディキンソン大学のフローラム・マジソン・キャンパスなど多くの教育施設がある。人口 1万5845(2010)。

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