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マフノ Nestor Ivanovich Makhno

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世界大百科事典 第2版の解説

マフノ【Nestor Ivanovich Makhno】

1889‐1934
ウクライナ農民運動の指導者。アナーキストエカチェリノスラフ県グリャイ・ポーレ村(現,ザポロージエ州)に農民の子として生まれた。1905年革命のころからアナーキスト・グループの一員として警察や商人,富豪への襲撃に加わり,08年逮捕された。17年の二月革命後釈放されて故郷に帰り,農民運動の指導者となった。18年ドイツ軍占領下でマフノは農民パルチザン部隊を組織し,しだいに軍事指導者として知られるようになった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

マフノ
まふの
Нестор Иванович Махно Nestor Ivanovich Mahno
(1889―1934)

ロシアの農民運動指導者。ウクライナの農民出身。アナキスト組織の活動に参加して、1910年より懲役刑に服し、17年の二月革命で出獄。郷里で農民労働者ソビエトの議長となる。内戦期に農民軍を組織し、地主勢力、ドイツ占領軍、デニキンの白衛軍と戦い、やがて食糧を徴発するソビエト政府軍と戦った。後者によって農民軍は壊滅し、マフノは21年に国外に亡命した。34年にフランスで死去。[原 暉之]
『アルシーノフ著、奥野路介訳『マフノ叛乱軍史』(1973・鹿砦社)』

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世界大百科事典内のマフノの言及

【ウクライナ】より

…ドイツ軍が18年秋に撤退した後,19年を通じてウクライナは激しい内戦の舞台となった。ソビエト軍,ペトリューラ主導のディレクトーリア軍(民族派),N.I.マフノらに率いられる農民軍,A.I.デニキン率いる白衛軍などが入り乱れて戦った。20年にはほぼソビエト権力がウクライナに確立したが,その過酷な穀物徴発政策により21年夏までに約100万人の農民が飢饉により死亡した。…

【ロシア革命】より

…軍事人民委員トロツキーの作戦案が,この危機の中で効果を発揮した。これとともに,デニキン軍の背後からアナーキストのマフノに率いられたウクライナの農民軍が攻撃を加えたことが赤軍を助けた。10月20日,オリョールが奪還され,デニキン軍は後退した。…

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