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マル生反対闘争 まるせいはんたいとうそう

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世界大百科事典 第2版の解説

まるせいはんたいとうそう【マル生反対闘争】

1969年から71年にかけて,日本国有鉄道(国鉄,現JR)当局が推進した生産性向上運動をめぐる労使紛争をいう。マル生は,国鉄当局がその指示文書にと印したことに由来する。赤字に転落した国鉄再建のために1969年に国鉄財政再建促進特別措置法が制定されたさい,国鉄当局はその実施にあたって労使関係の変更が必須の条件であると判断した。1960年代後半には現場協議協定の発効もあり,国労,動労の戦闘力,規制力が強化されていたためである。

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世界大百科事典内のマル生反対闘争の言及

【スト権奪還闘争】より

…こうした状況のなかで,公労協加盟諸組合,総評加盟の公務員諸組合は,1961年から公式にもストライキという名称を使用するようになり,春闘や合理化反対闘争のなかでしばしばストライキを計画し実行してきた。四・一七ストマル生反対闘争はなかでも有名であるが,これらに伴う刑事事件の発生はほとんどなくなったものの,懲戒処分は相変わらず行われた。第3次公務員制度審議会答申をめぐって,74年春闘において春闘共闘委員会はスト権奪還と国民的諸要求を結合して3次にわたる官民統一ストライキを計画し,第2次まで実施した。…

【労働運動】より

…国労では,〈職場に労働運動を〉というスローガンのもとに職場交渉権の獲得を目ざす運動が進められていった結果,60年代末には事実上団体交渉の場としての性格をもつ現場協議制が成立するにいたった。これをてこにして職制支配に抗する力を養った国労・動労は,70年代初頭,国鉄当局による〈マル生運動〉に対しても頑強に闘い,勝利するにいたった(〈マル生反対闘争〉の項参照)。このような公労協単産における戦闘力の増大は,国鉄・私鉄を結ぶ交運共闘と相まって春闘にもはね返り,春闘相場の底上げにも一定の役割を果たした。…

※「マル生反対闘争」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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