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ミタンニ王国 ミタンニおうこく Kingdom of Mitanni

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ミタンニ王国
ミタンニおうこく
Kingdom of Mitanni

前 16~14世紀に北メソポタミアに建国されたフルリ人の王国。ユーフラテス川の支流ハブル川上流のワシュカンニを首都として,イラン高原北西部から北メソポタミア,北シリアにかけて大きな勢力を及ぼした。

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百科事典マイペディアの解説

ミタンニ王国【ミタンニおうこく】

古代オリエントの王国。Mitanni支配階級インド・アーリヤ系。前2千年紀前半,フルリ系民族にひき続いてメソポタミア,シリアに侵入,馬と戦車戦術を広めた。小アジア南部・シリアを支配し,エジプトとも通交。

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世界大百科事典 第2版の解説

ミタンニおうこく【ミタンニ王国】

前2千年紀中葉,北メソポタミア,シリアを中心に栄えた王国。カフカス南部,アルメニア地方から,前3千年紀を通じて徐々に南下してきたフルリ人は,前2千年紀に入ると,北メソポタミア,シリアにかけて広範囲に居住するようになり,いくつかの小王国を建てた。その後,北方あるいは東方から移動してきたインド・アーリヤ系の部族の支配下に統一され,ミタンニMitanni王国として強力な政治,軍事力をもつにいたった。移動してきたインド・アーリヤ系の部族は少数であったが,おそらく軍事力の優位から圧倒的多数のフルリ人を従属させたものと思われる。

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世界大百科事典内のミタンニ王国の言及

【インド語派】より

… インド語派の人々がその地に入る前の痕跡が,小アジアの前15~前14世紀ごろの文献に認められる。彼らはヒッタイト帝国に従属したミタンニ王国の上層部を占めていたらしい。その国の王の名や協約のときの誓いの神々の名,あるいは馬の調教の書に用いられている数詞などに,古いインド語で理解しうる形が指摘される。…

【サンスクリット】より

…ベーダ語の話し手の痕跡は,前14世紀ころの小アジアの文献にも認められる。ヒッタイト帝国に滅ぼされたミタンニ王国の王の名の多くは,Artatama(=サンスクリットṛtatama‐〈最も誠実な〉)をはじめサンスクリットで解釈される。またこの両国の王が交わした条約の文書の中にみられる誓いの神の名にも,ミトラ,バルナ,インドラ,ナーサティアのように,ベーダ神話で活躍する神の名が登場する。…

【ヒッタイト】より


[新王国時代]
 この時代の初期の歴史も,資料が乏しく明瞭とはいえないが,トゥドハリヤ2世/ニカルマティ,アルヌワンダ2世/アシュムニカルの2組の王,王妃による年代記,条約文などが比較的残っており,当時の情勢の一端を知ることができる。また,ヒッタイト王国の周辺部では,北シリアでミタンニ王国が隆盛となり,アレッポ,キズワトナに侵攻,またアナトリアの北部ではカシュカ族が優位を誇り,一時はハットゥサも陥落するなど苦境に立たされた。このような窮地の状態から脱し,新王国の基盤を築いたのは,スッピルリウマ1世(在位,前1380ころ‐前1340ころ)である。…

【フルリ人】より

…前17世紀末から前16世紀初頭にかけて北シリアにおける旧勢力はヒッタイトに滅ぼされるが,まもなくヒッタイトが内紛のためシリアから身を引いている間に,フルリ人はシリアを中心にその地歩を固めた。この時期でとくに重要なのは前1500年ころまでに成立していたと思われるミタンニ王国である。ミタンニ王国【中田 一郎】。…

【メソポタミア】より

… イシン・ラルサ時代からバビロン第1王朝時代にかけては各種の粘土板文書が多く残っているから,統治体制,司法制度,商業,土地制度,尼僧制などに関して,みるべき多くの研究成果がある。バビロン第1王朝
[カッシート人,フルリ人,ミタンニ王国]
 西イランにいたカッシート人はサムスイルナ時代に南メソポタミアに現れたが,その言語はまだわかっていない。バビロン第1王朝の崩壊後カッシート人は前12世紀中葉までバビロニアを支配した。…

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