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ミタンニ Mitanni

大辞林 第三版の解説

ミタンニ【Mitanni】

紀元前一八世紀にメソポタミア地方の北部に建てられた王国。首都ワシュガニ。インド-ヨーロッパ語族がフルリ人を支配した。前一五世紀に最盛期を迎えたが、次第に衰退しアッシリアに吸収された。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ミタンニ
みたんに
Mitanni

紀元前18世紀末、インド・ヨーロッパ語族が先住のフルリ人を支配して、北メソポタミア、北シリアを中心に建てた王国。トルコ領、シリア国境近くにあるテル・アチャナの発掘調査では、数多くのミタンニの遺物が出土し、その文化的影響が地中海岸まで及んでいたことがわかった。また、ヒッタイト帝国、エジプトの新王国とも密接な外交、経済関係を維持した。支配者階級はインド・ヨーロッパ語族から形成され、マリヤンヌとよばれていた。都のワシュガンニはハブル川上流地域と推測されているものの、明確な位置は不明である。言語学的には、ボアズキョイ文書、ミタンニの調教師キックリに関する文書に登場する数詞、また王名トゥシュラッタ、アルタタマ、神名ミトラ、バルナ、インドラ、支配者階級のマリヤンヌなどからみると、サンスクリット語との結び付きが強い。ミタンニの勢力は前15世紀ヌジに宮殿を建てるなど、シャウシャタルの時代に最大となった。エジプトのアメンヘテプ3世の時代には、ミタンニのシュッタルナはギルヘパを、またトゥシュラッタはタドゥヘパと、それぞれの娘をアメンヘテプ3世に入嫁させ、両国間の関係は密接ではあったが、内紛によりその勢力は衰微していった。ヒッタイトのシュピルリウマ1世は前1375年ごろ即位し、ミタンニの王位争いの内紛に乗じてアルタタマを支援、ミタンニを侵略した。トゥシュラッタは暗殺され、その後マッティワザが即位したものの、ヒッタイトの従属国となり、その力を弱めていった。[大村幸弘]

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世界大百科事典内のミタンニの言及

【シリア】より

…当時のシリアや,そのメソポタミアとの関係については,マリ出土の文書(〈マリ文書〉)で知ることができる。前18世紀末からは,北メソポタミア,シリア,アナトリアに言語系統不明の特異な民族フルリ人が勢力を拡大し,すでに各地に移住していたインド・ヨーロッパ語系諸族とともに,ユーフラテス川中流域にミタンニ王国を建設した。彼らの強味は馬に引かせる戦車を使用したことであった。…

※「ミタンニ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

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