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メアリー[1世] メアリー

百科事典マイペディアの解説

メアリー[1世]【メアリー】

チューダー朝イングランドの女王(在位1553年―1558年)。メアリー・チューダーとも。ヘンリー8世と最初の王妃キャサリンとの子。熱心な旧教徒で,異母弟エドワード6世の治世には迫害をうけたが,即位後スペイン皇太子フェリペ(のちの2世)と結婚し,英国をローマ教会に復帰させた。新教徒の迫害を行って国民の反感をかい,〈流血好きのメアリーBloody Mary〉とあだ名された。スペインと結んだフランスとの戦争の結果大陸に残された最後の領土を失った。
→関連項目ウォリック伯エリザベス[1世]キャサリン[アラゴンの]クランマーステーショナーズ・カンパニーブラディメアリーレスター伯

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世界大百科事典 第2版の解説

メアリー[1世]【Mary I】

1516‐58
イングランド女王。チューダー朝第4代。在位1553‐58年。別名はメアリー・チューダーMary Tudor。ヘンリー8世と最初の王妃キャサリン・オブ・アラゴンの子。1531年父による母の離別,寵妃アン・ブーリンの擁立,続く宗教改革の進展によって,個人的にも信仰上でも不遇な少女時代を送る。34年非嫡出を宣告される。しかし,弟エドワード6世時代にも国教会への恭順を拒み通して不抜のカトリック信仰を表明した。

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世界大百科事典内のメアリー[1世]の言及

【宗教改革】より

カルビニズムは,伝統的社会秩序を重んずるルター派に比べると,資本主義的な営利活動の肯定,カトリックの君主に対する政治的抵抗を容認するなど,より自由主義的な性格をもっており,勤労者層のほか貴族の間にも支持を得て,フランスのユグノー戦争や,スペインの支配に対するネーデルラントの独立運動(八十年戦争)などで,その戦闘的なエネルギーを実証した。なお,イングランドでは,ヘンリー8世の時代に,もっぱら政治的動機から教皇権よりの独立,国教会体制の移行がはじまったが,プロテスタントの教義の受容はエドワード6世治下のことであり,主教制と独自の礼拝形式をもつアングリカニズムの確立は,メアリー女王のカトリック反動を経て,エリザベス1世の時代に持ちこされた。正統なカルビニズムの立場から,この国教会体制を批判する長老派教会は,さまざまな迫害をうけつつも勢力を伸ばし,ピューリタンと呼ばれる非国教徒の主流を形成してゆく。…

【チューダー朝】より

…翌86年ヨーク家のエリザベス(エドワード4世の娘)と結婚し,ヨーク,ランカスター両家の対立に終止符を打つとともに,王位の安全性を確かなものとした。その長子アーサーの夭折によって王位は次子ヘンリー8世(在位1509‐47)に移り,その死後はヘンリー8世の子どもたち,エドワード6世(在位1547‐53),メアリー1世(在位1553‐58),エリザベス1世(在位1558‐1603)によって継承された。 ヘンリー7世は反国王派貴族を鎮圧し,国家統一・王権強化を進め,対外的にはスペインと結ぶことによって小国イギリスの生きるべき道を求めた。…

※「メアリー[1世]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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