メイア

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メイア

イスラエルの女性政治家,首相。旧称Goldie Myerson,旧姓Mabovich。ウクライナのキエフ生れ。1906年米国に移住,ウィスコンシン州ミルウォーキーで育った。師範学校を出て教師になるが,やがてシオニズム運動に身を投じ,1917年モリス・マイヤーソンと結婚,1921年パレスティナに移住しキブツに入った。ヒスタドルート(ユダヤ労働総同盟)の執行委員や政治部長などを歴任し,ユダヤ人のパレスティナへの移民を推進。1948年イスラエル国家樹立宣言の署名者の一人となった。1949年マパイ党(後のイスラエル労働党)から国会議員となり,労働相に就任,1956年−1966年外相を務めたが,任命後に名前をヘブライ語に変えている。1969年首相となり,中東和平に尽力したが,1973年の第4次中東戦争の責任をとって1974年4月辞任した。自伝《ゴルダ・メイア回想録》(1975年)がある。

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世界大百科事典 第2版の解説

メイア【Golda Meir】

1898‐1978
イスラエルの女性政治家,首相。ロシアのキエフに生まれ,1906年アメリカに移住し,教員生活を送る。その後シオニズム運動(社会主義シオニスト運動)に身を投じ,21年パレスティナに移住し,キブツに入る。ヒスタドルート(ユダヤ労働総同盟)の要職を歴任し,46年ユダヤ機関政治局長となるなど,パレスティナへのユダヤ人移民を推進した。48年イスラエル国家樹立宣言の署名者の一人となる。初代駐ソ公使をへて,49年マパイ党(後の労働党)から国会議員となり,労働相に就任し,移民の受入れ対策を講ずる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

メイア
めいあ
Golda Meir
(1898―1978)

イスラエルの女性政治家。ロシアのキエフに生まれ、1906年アメリカに移住。ミルウォーキー師範学校卒業後、1921年パレスチナに移住し、1924年までキブツで農業労働に従事。ヒスタドルート(労働総同盟)やマパイ党で活躍し、1946年から1948年の独立までユダヤ機関政治部長を務める。独立後1948~1949年初代駐ソ大使。1949年マパイ党から国会議員に当選し、1949~1956年労相、1956~1966年外相。1965年マパイ党書記長。1968年三党統一による労働党の結成にあたっては重要な役割を果たし、新党の書記長に就任。エシュコル首相の死により1969年3月首相となり挙国一致内閣を形成するが、第四次中東戦争の責任をとって1974年4月辞任した。自伝『私の生涯』My Life : The Autobiography of Golda Meirがある。[伊能武次]
『林弘子訳『ゴルダ・メイア回想録』(1980・評論社)』

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