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モスクワ国際映画祭 モスクワこくさいえいがさいMoscow International Film Festival

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

モスクワ国際映画祭
モスクワこくさいえいがさい
Moscow International Film Festival

1959年,モスクワで始まった国際映画祭。当時,共産圏にはすでに,国際映画製作者連盟が認知し,グランプリの呼称を許可していたチェコスロバキアのカルロビバリ国際映画祭 Karlovy Vary International Film Festival(1950創始)があった。そのため開始にあたって,開催年を調整,カルロビバリは偶数年,モスクワは奇数年に実施することが決められた。東ヨーロッパ諸国や第三世界からの出品が多いなか,日本映画では新藤兼人の『裸の島』(1960)と『生きたい』(1999),黒沢明の『デルス・ウザーラ』(1975)などがグランプリに輝いている。

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デジタル大辞泉の解説

モスクワ‐こくさいえいがさい〔‐コクサイエイグワサイ〕【モスクワ国際映画祭】

ロシアの首都モスクワ毎年6月に開かれる国際映画祭。第1回は1959年開催。当初は隔年で開催されたが、1999年からは毎年開催されるようになった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

モスクワ国際映画祭
もすくわこくさいえいがさい
Московский Международный Кинофестиваль Добро Moskovskii Mezhdunarodnyi Kinofestival'

国際映画製作者連盟公認の世界12国際映画祭の一つ。前身は1935年にソビエト映画15周年を記念して、ソ連邦国際映画祭として創始されたが、これは1回限りで終わり、新たにスターリン批判後、ソ連邦国家映画委員会が主導し、映画人同盟が参加して1959年から2000年までは隔年で、以後は毎年開催されている。ソ連邦時代は「映画芸術のヒューマニズムと国家間の平和のために」と銘打って、参加国数、作品数ともに世界最大であった。とくに第三世界や社会主義圏からの参加が多かったが、西側世界からの参加もけっして少なくなかった。映画の内容は、反戦平和、社会問題をテーマとしたものが目だち、中小国の知られざる映画に光を当てて一定の意義があった。
 最優秀作品賞を得た作品には、フェデリコ・フェリーニの『8』(1963)と『インテルビスタ』(1987)、黒澤明の『デルス・ウザーラ』(1975)、アンジェイ・ワイダの『約束の土地』(1975)、スタンリー・クレイマーStanley Kramer(1913―2001)の『オクラホマ巨人』(1973)、タビアーニ兄弟の『復活』(2002)などがある。また、ピエトロ・ジェルミ、フランチェスコ・ロージFrancesco Rosi(1922― )、エットレ・スコーラ等々、イタリアの監督の最優秀賞受賞の多さが目を引く。邦画からは、新藤兼人が『裸の島』(1960)、『裸の十九才』(1971)、『生きたい』(1999)で3度最優秀作品賞を得ている。銀賞その他の賞でも、浦山桐郎(うらやまきりお)の『非行少女』(1963)、小栗康平(おぐりこうへい)の『泥の河』(1981)など日本人監督の作品が多数受賞している。そのほか、2001年から3年連続して日本人女優の宮沢りえ(1973― )、市川実日子(いちかわみかこ)(1978― )、大竹しのぶ(1957― )が最優秀女優賞を獲得している。ソ連邦崩壊後の財政的混乱のなかで、近年は国外からの参加作品が激減しており、2000年の大統領令で「ロシア映画人の国際文化交流で果たす役割の向上」を掲げたにもかかわらず、かつての存在感は低下しているようだ。[田中 陽]

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