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浦山桐郎 ウラヤマキリオ

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デジタル大辞泉の解説

うらやま‐きりお〔‐きりを〕【浦山桐郎】

[1930~1985]映画監督。兵庫の生まれ。「キューポラのある街」で監督デビューし、注目を集める。生涯で監督した作品は9本と寡作ながら、どの作品も高く評価された。他に「非行少女」、遠藤周作原作「私が棄(す)てた女」、五木寛之原作「青春の門」など。

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百科事典マイペディアの解説

浦山桐郎【うらやまきりお】

映画監督。兵庫県生れ。1954年名古屋大卒業後日活に入社し,川島雄三今村昌平などの助監督につく。吉永小百合主演の《キューポラのある街》(1962年)で監督デビュー。
→関連項目小栗康平

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

浦山桐郎 うらやま-きりお

1930-1985 昭和時代後期の映画監督。
昭和5年12月14日生まれ。昭和29年日活にはいり,今村昌平,川島雄三の助監督をつとめる。37年「キューポラのある街」で監督としてデビュー。「非行少女」「私が棄てた女」「青春の門」など評価のたかい9作品をのこした。昭和60年10月20日死去。54歳。兵庫県出身。名大卒。

出典|講談社
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

浦山桐郎
うらやまきりお
(1930―1985)

映画監督。兵庫県生まれ。名古屋大学卒業後、1954年(昭和29)日活に入社。貧しさに負けず生きていく少年少女群像を、公式的な社会批判に堕することなくさわやかに描いた処女作『キューポラのある街』(1962)で注目された。この「いかに生くべきか」の人生論的主題は『非行少女』(1963)では女主人公の号泣しながらの旅立ちを、『私が棄(す)てた女』(1969)では棄てられた女の無言の悲しみを、情感豊かに強調することでさらに内省化された。五木寛之(ひろゆき)の同名小説の映画化『青春の門』(1975)、『青春の門・自立篇(へん)』(1977)ではこの問いかけがより多面的な相のなかで扱われている。[佐伯知紀]

資料 監督作品一覧

キューポラのある街(1962)
非行少女(1963)
私が棄てた女(1969)
青春の門(1975)
青春の門 自立篇(1977)
龍の子太郎(1979)
太陽の子てだのふあ(1980)
暗室(1983)
夢千代日記(1985)

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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