映画祭(読み)エイガサイ

世界大百科事典 第2版の解説

えいがさい【映画祭】

字義どおり映画の祭典であるが,公式には国際映画製作者連盟(1933創設)の規約にのっとって催されるもののみが国際映画祭International Film Festivalとして認められる。コンクール形式にするか非コンクールにするか(すなわち賞の設定や授与の有無)も連盟の規約に基づいて決められる。コンクール形式の場合には最高賞としての〈グラン・プリ〉の名称も連盟の許可なくしては使用できない。例えばモスクワ映画祭は1959年にスタートしたが,国際映画製作者連盟は,共産圏の映画祭ではチェコスロバキアのカルロビ・バリ映画祭(1950発足)にグラン・プリの名称を与えていたため,モスクワ映画祭の割込みを許さず,結局,カルロビ・バリ映画祭(偶数年開催)と交互に奇数年開催という形で公認になったといういきさつがある。

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大辞林 第三版の解説

えいがさい【映画祭】

選ばれた映画を、短期間に一都市または一劇場で上映する行事。ベネチア・カンヌの国際映画祭は有名。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

映画祭
えいがさい

多数の映画を一堂に集めて上映する催し。普通、多くの国が参加する国際映画祭をさすが、一つの国が輸出振興や文化交流の目的で自国の映画を外国で上映する催しをさすこともある。国際映画祭の歴史は1932年イタリアのベネチアでの開催に始まるが、第二次世界大戦で中断され、戦後フランスのカンヌ、ついでベネチアで再開、さらにベルリン、モスクワなど各地に設けられ、年とともに盛んになった。日本はすでに1938年(昭和13)にベネチアで『五人の斥候兵(せっこうへい)』などが受賞したが、第二次世界大戦後は1951年のベネチアで黒澤明(くろさわあきら)の『羅生門(らしょうもん)』がグランプリを受賞したのに始まり、溝口健二(みぞぐちけんじ)、新藤兼人(しんどうかねと)、市川崑(いちかわこん)、小林正樹(こばやしまさき)、大島渚(おおしまなぎさ)などの作品が相次いで受賞し、日本映画の芸術的評価は高まった。その意味で国際映画祭は映画芸術の国際コンクールの性格をもつが、多数の映画上映によって映画貿易の場を提供する見本市の性格をももち、また映画人の交流、合作の促進、研究会議の開催など多様な用途に供されることもある。カンヌ、モスクワなどの大規模な映画祭では参加国が80以上、参加上映200本を超えることもある。また国際映画祭には、短編だけのもの、科学映画やアニメーション映画など特定のジャンルに限定して催すものなどもあって、その種類は多い。従来おもに欧米各地で開かれてきたが、近年はインド、香港(ホンコン)などアジア地域でも開催されるようになり、世界で開かれる映画祭は年間100を超える。
 日本では東京国際映画祭(当初隔年、第4回の1991年以降毎年開催)、広島国際アニメーションフェスティバル、山形国際ドキュメンタリー映画祭など十数種の国際映画祭が開かれるほか、海外映画祭での受賞も前記のほか篠田正浩(しのだまさひろ)、今村昌平(いまむらしょうへい)、熊井啓(くまいけい)、北野武(きたのたけし)、河瀬直美(かわせなおみ)らの作品に及び、幅広い世代の日本映画が評価されるようになった。[登川直樹]

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精選版 日本国語大辞典の解説

えいが‐さい エイグヮ‥【映画祭】

〘名〙 記念日や祭日などを記念して行なわれる特別の映画会や、一定の時期に行なわれる大規模な一連の映画の催し。
※恋の泉(1962)〈中村真一郎〉「彼女とヨーロッパへ行くことが本決りになった。映画祭だ」

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