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モラビア モラビアMoravia, Alberto

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

モラビア
Moravia, Alberto

[生]1907.11.28. ローマ
[没]1990.9.26. ローマ
イタリアの小説家,評論家。本名 Pincherle。9歳のとき脊椎カリエスにかかり,ほとんど独学で広く世界文学に通暁した。最初の長編『無関心な人びと』 Gli indifferenti (1929) を自費出版して大成功を収め,作家として独立したが,ファシズム時代には執筆を禁止された。第2次世界大戦後,ネオレアリズモ文学の風潮と軌を一にして『ローマの女』 La romana (47) ,『二人の女』 La ciociara (57) を発表し,さらに,ローマを舞台にした短編小説群『ローマ物語』 Racconti romani (54) ,『新ローマ物語』 Nuovi racconti romani (59) などを発表。また 1960年代に入ってからは,『倦怠』 La noia (60) ,『関心』L'attenzione (65) など,疎外をテーマに反資本主義の文学運動を展開。その後のおもな小説に『物は物』 Una cosa è una cosa (67) ,『パラダイス』 Il paradiso (70) ,『わたしとあいつ』 Io e lui (71) などがある。また評論に『目的としての人間』L'uomo come fine e altri saggi (64) ,『中国の文化大革命』 La rivoluzione culturale in Cina (67) ,『アフリカ文明紀行』A quale tribù appartieni ? (72) など。

モラビア
Moravia

チェコ語ではモラバ Morava,ドイツ語ではメーレン Mähren。チェコ東部の地方。かつての大モラビア帝国の地。西はチェコのチェヒ (ボヘミア) 地方,東-南東はスロバキア,北はポーランド,南はオーストリアに接する。前4世紀頃からケルト人が住んだが,その後ゲルマン人が代り,8世紀からはスラブ人の居住地となった。一時フランク王国のカルル (カレル) 大帝 (在位 768~814) に服属したが,その後独立して9世紀前半には大モラビア帝国を設立。 10世紀初めマジャール人の侵入によって滅ぼされ,11世紀ボヘミア王国に編入されて神聖ローマ帝国の一部となった。 14世紀ルクセンブルク公家の支配下におかれ,帝国内で重きをなした。 16世紀にはボヘミア,シュレジエンとともにハプスブルク家領の一部,1918年チェコスロバキアの独立とともにその一部となった。 93年1月よりチェコの一部。 30年当時全人口の7割強がチェコ人,2割強がドイツ人であったが,第2次世界大戦後大部分のドイツ人はドイツに移住させられた。古くから鉄の産地で,機械,金属工業が盛んであり,毛織物工業も 14世紀以来の繁栄を保っている。

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百科事典マイペディアの解説

モラビア

イタリアの作家。本名アルベルト・ピンケルレ(Alberto Pincherle)。処女作《無関心な人びと》(1929年)以来,鋭い現実主義的作風と心理主義によって現代社会の危機と退廃を描写し続ける。

モラビア

チェコ東部の地方。チェコ語ではモラバMorava,ドイツ語ではメーレン。北部と東部は山地,西部はボヘミア・モラビア高地で,中央部をモラバ川が流れる。モラバ川とオドラ川に挟まれた通称〈モラビアの門〉は古来の通商路であり,戦略の拠点でもあった。
→関連項目オロモウツチェコ

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世界大百科事典 第2版の解説

モラビア【Moravia】

チェコ東部の歴史的地域名。チェコ語ではモラバMorava,ドイツ語ではメーレンMährenと呼ばれる。行政上は北モラビア,南モラビア地方に分かれる。面積約2万6000km2,人口約403万(1996)。中心都市ブルノ。主要民族はモラビア方言を話すチェコ人。ドナウ川の支流モラバ川と,そこに注ぐ大小河川流域に広がる地帯で,北西のボヘミア・モラビア高地でボヘミアと,南東に延びる小カルパチ山脈,ビエレ・カルパチ山脈,ヤボルニーキ山脈でスロバキアと分断されるが,南北に開かれ,モラバ川とオドラ川の河谷のつくるいわゆる〈モラビア門Moravská brána〉を通って古来南のアドリア海,オーストリアと,北のポーランド,バルト海とを結ぶ通商路が開かれていた。

モラビア【Alberto Moravia】

1907‐90
イタリアの作家。本名アルベルト・ピンケルレA.Pincherle。ローマ生れ。骨髄結核のため闘病8年。独学。回復期(1925‐28)に処女作《無関心な人々》(1929)を執筆,市民生活の腐敗と無気力を描き好評を博したが,発禁となる。以後,ファシズム政権の圧迫を嫌い,小説執筆のあいだに,新聞社特派員として欧米諸国や中国に旅行。大戦中はカプリ島隠棲。1943年6月,政変直後のローマへ帰るが,ドイツ軍による逮捕の危険を逃れ山間の僻地に越冬する。

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大辞林 第三版の解説

モラビア【Moravia】

モラバ

モラビア【Alberto Moravia】

1907~1990) イタリアの小説家。性の問題に焦点をあて、人間の孤独と疎外を写実的な心理描写と巧みな物語性で描く。作品「無関心な人々」「仮面舞踏会」「ローマの女」「倦怠」など。

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世界大百科事典内のモラビアの言及

【チェコ】より

…1993年1月にスロバキアと分離・独立した。西部のボヘミア(チェコ語ではチェヒČechy),東部のモラビア(チェコ語ではモラバMorava)の二つの地方からなる。モラビアには歴史的領土のシュレジエン(チェコ語でスレスコSlezsko,ポーランド語でシロンスク)が含まれる。…

【ネオレアリズモ】より


【文学】
 字義通りには〈新しいリアリズム〉を意味するイタリア語で,文学史的にはふつう,反ファシズム闘争を題材にした第2次大戦後のイタリア文学を総称していう。ただし,ファシズム政権に不従順な小説を発表したことからモラビアの《無関心な人びと》(1929)に,また,労働者の反権力意識の目ざめを描いたことからベルナーリCarlo Bernari(1909‐92)の《三人の工員》(1934)に,ネオレアリズモの起源を求めようとする批評家もいる。また戦後におびただしい数の反ファシズム闘争体験談が出版され,これらを一括してネオレアリズモと呼ぶ向きもある。…

※「モラビア」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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