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モロー モローMoreau, Gustave

11件 の用語解説(モローの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

モロー
Moreau, Gustave

[生]1826.4.6. パリ
[没]1898.4.18. パリ
フランスの画家。 1846年 F.ピコに,48年 T.シャセリオーに師事。 57~59年イタリアに旅行し V.カルパッチオ,A.マンテーニャミケランジェロらの作品に学び,幻想的,神秘的世界を装飾性豊かな細密な手法と光沢のある色彩で描き,印象派台頭期のパリ画壇から孤立した位置を保った。 92~98年パリのエコール・デ・ボザールの教授となり,門下からマチスルオーマルケらのすぐれた画家を輩出。ロシュフコー街の彼のアトリエは約 8000点の素描,水彩画,油絵とともに,モロー美術館として国に遺贈された。主要作品『オイディプスとスフィンクス』 (1864,メトロポリタン美術館) ,『ヘロデ王の前で踊るサロメ』 (76,モロー美術館) ,大作『出現』 (76) 。

モロー
Moreau, Jeanne

[生]1928.1.23. パリ
フランスの女優。 1946年コンセルバトアールを卒業,コメディー・フランセーズに入り,知的でしかも官能的な娘役でデビューした。 52年以後,制作座,国立民衆劇場アントアーヌ座などで活躍する一方,49年から映画に出演し,『死刑台のエレベーター』 (1958) ,『恋人たち』 (58) ,『危険な関係』 (60) で国際的スターとなった。近年では脇役にまわり,監督業にも進出。

モロー
Moreau, Louis Gabriel

[生]1740. パリ
[没]1806. パリ
フランスの画家,版画家。パリやイルドフランスの風景画を好んで描き,正確な観察と新鮮な色使いで,フランス革命時代から帝政時代にかけて名声を博した。バルビゾン派の先駆といわれる。油絵の主要作品『サンクルー公園から見たムードンの丘の眺め』 (ルーブル美術館) ,『ベルビューの丘』 (同) ,『バンセンヌ付近の眺め』 (同) 。

モロー
Moreau, (Jean-) Victor (-Marie)

[生]1763.2.14. フィニステール,モルレー
[没]1813.9.2. ボヘミア,ローン
フランス革命期の軍人。革命期から第一帝政期にかけて数々の戦いに勝利を得,なかでも 1800年 12月のオーストリアに対するホーエンリンデンの戦勝は,彼の最高の栄誉となった。しかしやがてナポレオン1世との対立を招き,共和派と王党派がともに企てた反ナポレオンの陰謀に連座してアメリカに亡命 (1805) 。 13年ロシア皇帝アレクサンドル1世の招きを受けて軍事顧問となり,プラハにおもむき,ドレスデンの戦いで死亡。

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デジタル大辞泉の解説

モロー(Gustave Moreau)

[1826~1898]フランスの画家。神話や聖書に想を得た象徴的、耽美(たんび)的な世界を描いた。門人にルオーマチスらがいる。

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百科事典マイペディアの解説

モロー

フランスの画家。パリ生れ。文学的・神話的題材に幻想と官能性をもりこみ,象徴的イメージを精細な描写で表現,象徴主義文学に影響を与えた。教育者としてもすぐれ,マティスルオーらを育てた。
→関連項目シャセリオー世紀末マルケユイスマンス

モロー

フランスの映画女優。パリ生れ。1948年コメディ・フランセーズの女優となり舞台で活躍。1949年映画界デビュー。L.マル監督《死刑台のエレベーター》(1957年),《恋人たち》(1958年),《鬼火》(1963年),P.ブルック監督《雨のしのび逢い》(1960年,カンヌ映画祭女優主演賞),F.トリュフォー監督《突然炎のごとく》(1961年)などでヌーベル・バーグを代表する女優となった。
→関連項目カリーナ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

モロー Morrow, James

1820-1865 アメリカの植物学者。
ペリーの日本遠征艦隊に農学者としてくわわり,嘉永(かえい)6年(1853)来日。琉球の農業について報告したほか,下田,箱館などで日本産植物を採集した。享年45歳。サウスカロライナ州出身。

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世界大百科事典 第2版の解説

モロー【Gustave Moreau】

1826‐98
フランスの画家。写実主義を標榜したG.クールベや初期印象派のE.マネらと同世代であったが,姦しい画壇の動向には背をむけて,神話と伝説の世界を一人描き続けた。パリ生れ。父は建築家で,当時の典型的知的ブルジョアジーの家庭に育つ。一人息子(妹が一人いたが早世)に嘱望する両親は,早くから絵画への関心を示す彼に経済的精神的援助を惜しまなかった。20歳でエコール・デ・ボザール(国立美術学校)へ入学し,ピコFrançois Picotのアトリエに学ぶが,師の型にはまった新古典主義に基づく教育より,E.ドラクロアの情熱をうけ継ぐ若手画家T.シャセリオーに心酔,私淑する。

モロー【Jean Michel Moreau le Jeune】

1741‐1814
フランスの画家,銅版画家,素描家。絵を師事したL.J.ル・ロランに随行し,1758年ロシアのペテルブルグに赴き,アカデミーで教鞭をとる。61年帰国後版画をルバJ.P.Lebaに師事した後,90年コシャンCochinの後任として王室版画家となる。優美で精緻な描写は当時の社会風俗をよく伝えており,とくに下絵を提供した《風俗記念碑Monument du costume》(1775,77刊)はロココ風の芸術を典型的に示しているといえよう。

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大辞林 第三版の解説

モロー【Gustave Moreau】

1826~1898) フランスの画家。聖書・神話の題材を細密な手法で描き、神秘的・幻想的な独特の画風を打ちたてた。代表作「サロメ」「オルフェ」

出典|三省堂
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世界大百科事典内のモローの言及

【象徴主義】より

…イギリスでは1850年前後からラファエル前派が,象徴に満ち満ちた中世伝説の世界を描いていた。一方,フランスのG.モローは,写実主義や印象主義と同時代を生きた画家であるが,〈見えないもの,感じるものだけを信じる〉という信条の下に神話・伝説の神秘的世界を描き続けた。彼は絵画を,文字で表記される音声言語に対して〈造形言語〉であると考え,自己の観念を表現する媒体として用いた。…

【フォービスム】より

… グループと技法の形成は,1890年代に始まる。グループの中心は,自由な教育をあたえ,みずからも晩年の水彩等においてフォービスムの先駆けをなすような色彩と筆触を示したG.モローのアカデミー・デ・ボザール(国立美術学校)の弟子たち,すなわちマティス,マルケ,カモアンCharles Camoin(1879‐1964),マンギャンHenri Charles Manguin(1874‐1949)たちによって形づくられる。とりわけマティスは,後期印象派(とくにゴーギャン)と新印象派(とくにシニャックとクロス)から,形態のアラベスク,純粋色とその補色の関係を学ぶことによって,すでに世紀末にフォービスム的表現へと近接している。…

※「モロー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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