20世紀を代表する言語学者の一人。モスクワに生まれ,1918年モスクワ大学を卒業,20年モスクワ高等演劇学校教授となったが,同年夏,プラハ駐在のソビエト外交使節団の一員として出国,以後39年までチェコスロバキアに滞在した。その間,26年にプラハ言語学派の創立に参画し副会長となったほか,33年からはブルノのマサリク大学の助教授としてロシア語学・文学および中世チェコ文学を講じた。39年ナチス・ドイツのチェコ侵略に際しデンマークに逃れ,その後ノルウェーとスウェーデンを経て,41年アメリカ合衆国に移った。42年ニューヨークの自由フランス政府設立の高等研究自由学院の教授に就任した。ここで同僚となったフランスの文化人類学者C.レビ・ストロースと親交を結んで講義を聴講し合い,互いが知的恩恵を被ったというエピソードは有名である。
43年ニューヨーク言語学派を創立,その副会長となり,45年からその機関誌《WORD》を刊行した。46年ニューヨークのコロンビア大学教授となり,49年ハーバード大学教授に転じたが,57年からはマサチューセッツ工科大学教授も兼任した。67年71歳で両大学を定年退職した後も,内外の諸大学の客員教授や学士院・アカデミーの会員として活躍し,その影響は全世界に及んでいる。
ヤコブソンは1920年代後半からN.S.トルベツコイとともにプラハ言語学派の理論的指導者として構造言語学の最前線を開拓し,とくに音韻論の分野で画期的な業績を示したが,プラハ音韻論学派の基本的諸概念と手法の確立に果たした役割のほかに,通時音韻論への応用展開と,音素の区別・対立の根底にある有限の音響・調覚的な〈弁別特徴(弁別的特徴)distinctive features〉の存在の証明とその一般言語学への適用は,とくに彼自身に帰せられる重要な貢献である。弁別特徴は,たとえば母音性対非母音性のように相対的かつ二項的な対立で諸言語に共通・普遍的なものが多いが,全言語を通じてその数は十数種類にすぎず,個々の音韻体系の異同を弁別特徴の種類とその組合せの違いによって統一的に説明する可能性を示した功績は大きい。また,幼児の言語習得過程と失語症の症例との間に認められる密接な関係について,音素対立の基本的法則を適用して一般言語学的な説明を与えたのも,その貢献の一つである。
形態論の分野でも,動詞の形態論的範疇や格の文法的意味の分析などの構造言語学的アプローチによる先駆的業績が多い。また,一定地域に共存する諸言語間に認められる,系統上の親縁性を超えた音韻・文法範疇・構文の類似を説明するために,トルベツコイとともに唱導した〈言語連合〉の概念は,その後大小の平行的事例が観察指摘されてその先見性が認められるようになった。ヤコブソンが情熱を傾けたもう一つの分野としては〈詩学〉すなわち詩的言語の研究があるが,通常の伝達手段としての日常的言語と異なる芸術的表現のための言語のあらわす意味論的内容と,その形式の研究をめざすこの分野には,熱心な追随者が多い。ほかにスラブ叙事詩とフォークロアおよび古代スラブ研究に関する一連の著作がある。ヤコブソンの主要著作は自選著作集(1984年現在,既刊5冊)のかたちで分野別に著者自身の補足や回顧のコメントをそえて刊行されているほか,他選の論文集も数種出版されている。
執筆者:佐藤 純一
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…構造的な手法を改善する方向のシュレイアーS.Shlaer/メラーS.J.Mellorの方法/支援系(Teamwork)から,ランボーJ.Rambaughの方法/支援系(OMT)を経て,オブジェクト指向独自の視点からソフトウェア開発を行うようになった。 1997年にはランボーとブーチG.BoochとヤコブソンI.Jacobsonによる統一記法UML(Unified Modeling Language)に収束し,オブジェクト指向ソフトウェア開発も実用になりつつある。 ソフトウェア工学の理論面としては,L.オスタワイルが提唱したプロセスプログラミング(ソフトウェア開発過程をプログラミングの視点で再考する)や,論理学と代数学に基づく厳密な仕様記述をめざす形式的仕様理論などがある。…
…これを中和neutralizationと称する。さらにR.ヤコブソンは弁別的素性を調音的でなく音響的特徴により記述しようと試みた。彼はスペクトログラムに現れる第1と第2フォルマントの距離の広いものを散音,狭いものを密音とし,第2フォルマントの位置が高いものを鋭音,低いものを鈍音と定め,さらにフォルマントが明確に現れるものを母音的,騒音の影をもつものを子音的と名づけている。…
…/t/と/p/の対立から〈歯茎〉と〈両唇〉,/t/と/s/の対立から〈閉鎖〉と〈摩擦〉という弁別的素性を取り出すことができる。そこで,音素/t/は〈無声・歯茎・閉鎖〉という弁別的素性から構成されていることになるので,R.ヤコブソンは〈音素は弁別的素性の束〉であると規定するにいたった。これに対し,アメリカの構造言語学の立場では,相補的分布complementary distributionの原則が重視されている。…
…この原理は文芸学者で作家のYu.N.トゥイニャーノフにより〈規範からの逸脱〉として定式化され,文学発展の動態を規範化=忘却=活性化としてとらえる見通しが開かれていった。 日常言語が何かを伝達するのに対し,詩の言語は言語そのものを志向するという詩的機能の考えは芸術作品の自立の一般原理だが,これも言語学者R.ヤコブソンによって定式化された。彼は散文がメトニミー(接近連合)を,詩がメタファー(類似連合)を志向することを明らかにし,さらに両者が言語の二大原理をなし,文化のタイプにも関係あることを解明した。…
…第2次世界大戦をきっかけにヨーロッパの有力な学者がアメリカに亡命し,スラブ学は新大陸にも拡大した。その代表は,ユダヤ系ロシア人で叙事詩の研究で知られるヤコブソンである。スラブ学の世界的な学会ないし連絡機関としては,国際スラビスト会議があり,1929年より5年ごとにスラブ諸国が持回りで大会を開いている。…
…比喩は,たんなる装飾にとどまるものではなく,人間の言語的認識の根源的な動きを反映しているとも考えられる。たとえば言語学者ヤコブソンによる隠喩と換喩を拡大解釈して言語表現の基本的しくみとみなす説は,比喩についての新しい考えかたの一例として広く知られている。レトリック【佐藤 信夫】。…
… そのような文芸批評の内部にひそんでいた問題を最も明確なかたちで提示したのは,おそらく,1910年代に新しい文芸批評の運動を起こしたロシア・フォルマリズムに属する人々であろう。とりわけ言語学者のR.ヤコブソンは,文学の文学性は何かという問いをたて,哲学や歴史学や心理学とは違う文学の独自性をつきとめようとした。それは〈芸術のための芸術〉のひとつとしての文学を正当化するための根拠を,理論的に明らかにしようとする試みであったと考えられる。…
…なお,口頭で行われる翻訳は通訳と呼ばれる。 ロシア出身の言語学者R.ヤコブソンは,翻訳を,(1)言語内翻訳(同一言語内での言換え),(2)言語間翻訳(ある自然言語から別の自然言語への移し換え),(3)記号系間翻訳(自然言語を別の記号系に置き換えること)の3種に分けたが,この考えは(2)の言語間翻訳に還元される翻訳の一般通念を打破して,翻訳というものが言語の本質にかかわるものであることを示している。この翻訳の概念に基づいて意味の定義も導き出され,それは言語学のみならず文化記号論にも採用され,その発展に貢献している。…
※「ヤコブソン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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