構造言語学ないし構造主義言語学ということばは,ふつう1920年代から50年代にかけてヨーロッパとアメリカに生じた革新的な言語学の諸流派を総称するのに用いられるが,具体的にはプラハの音韻論学派(プラハ言語学派),コペンハーゲンの言理学グループ,アメリカの記述言語学の諸集団およびそのどれにも属しない諸学者の多種多様な主張や見解が含まれる。最大公約数的な理論上の特徴をあえてあげるならば,言語を記号学的体系と認め,あらゆる言語に普遍的な最小の記号単位の数や組合せの面での相違が言語体系の構造の差異を作ると考えて,各言語の精密かつ全面的な構造的記述の理論と実際を追求する立場といえよう。
19世紀末から20世紀初頭にかけての言語研究は青年文法学派によるインド・ヨーロッパ語の史的比較研究(比較言語学)が主流をなし,生きた言語の記述や言語一般の性質の研究はあまり振るわず,しかも伝統的なギリシア・ラテン文法の概念や枠組みへの無批判な依存や,言語と意識・心理・思考を同一視ないし混同する俗流的解釈にとどまっていた。しかし,アメリカのサンスクリット学者W.D.ホイットニーや帝政ロシアの比較言語学者であるポーランド人のボードゥアン・ド・クルトネとカザン大学でのその弟子クルシェフスキMikołaj Kruszewski(1851-87)らはすでに19世紀の70年代から80年代にかけてその著作や講義の中で社会的な伝達の手段としての言語の記号的性質を正しく把握し,その中心に弁別的機能をもつ音素的な単位を想定する考えを示した。彼らはいずれも諸言語に共通する,ことばの社会的機能や記号的性質を研究する普遍主義的・構造主義的な言語研究の新しい分野の可能性を説いたが,同時代の大多数の学者から無視される結果となった。
近代における言語学のコペルニクス的転換の契機を作ったとされ,近代言語学の父とも呼ばれるF.deソシュールは若くしてインド・ヨーロッパ語比較文法の俊秀として令名があり,パリでA.メイエをはじめ多くの比較言語学者を育てたが,1891年から生れ故郷のジュネーブに移り,1913年に死ぬまで大学の教壇に立った。その死後16年になって弟子たちが筆記ノートを集めて彼の講義を復原し,師の名による《一般言語学講義》として出版した。ソシュールがホイットニーとボードゥアン・ド・クルトネおよびクルシェフスキの所説を評価していたのは事実であるが,この《講義》では新しい言語学の対象と方法がはるかに明快に,かつ正面切って提出されている。たとえば,有名な〈ラング〉と〈パロール〉の区別をはじめ,言語の記号学的性質,言語記号の恣意性とその線的性質および離散的(示差的)性質,ラングの共時態と通時態の区別など,当時としてはきわめて革新的な見解が示されている(詳しくは〈ソシュール〉の項を参照)。しかしこのソシュールの理論も初めのうちは極端として退けられる場合が多く,欧米ともに積極的に評価する人はごく少数であった。ジュネーブで学んだモスクワ言語学サークルのカルツェフスキーSergei O.Kartsevskii(1884-1955)はその一人で,彼を通じてモスクワでソシュールの学説を知ったN.S.トルベツコイやR.ヤコブソンが1926年結成されたプラハ言語学派に拠ってソシュール学説の発展としての音韻論学説の構築を始めたのがヨーロッパにおける構造言語学とソシュール評価の始まりであった。
一方,この時期のアメリカではアメリカ・インディアン諸族の文化人類学的研究の進展の中で,その言語の記述のために伝統的な文法によらぬ客観的な方法を必要としていた。アメリカ・インディアン諸語を広く研究したE.サピアはその著書《言語Language》(1921)の中で音声的実態とレベルを異にする音韻論的体系の存在に気づき,これを〈音声パターンsound pattern〉と呼ぶ一方,言語の意味や機能よりは形式の方が体系として研究しやすいことを説き,歴史的・発生的関係に頼らずに純粋に形式的な基準による言語の類型論的分類への道を開いた。しかしアメリカ構造言語学の開祖となったのは彼と同年代のL.ブルームフィールドで,その著書《言語Language》(1933)は行動主義心理学に基づく記述言語学の具体的な方法論を明快に示すものであった。その手法は観察可能な外面的要因から出発して言語コミュニケーションの内容へと至る反メンタリズムanti-mentalismのアプローチと,一言語体系の諸単位が占め得るあらゆる位置的分布の記録・分析による機能や意味の同定であり,後者はとくに分布主義distributionismと呼ばれるアメリカ構造言語学特有の方法的特徴となった。
(1)プラハ言語学派の最大の貢献は音韻論の諸原理の完成にあり,とくに先に名をあげたトルベツコイとヤコブソンの業績によっている。形態音韻論や通時音韻論に特色があり,音素の定義自体もアメリカの音素論とは異なり意味弁別の機能に基づく。ほかに詩的言語(詩学),文の現実的区分(伝達目的による機能的区分--FSP(Functional Sentence Perspectiveの略))などの分野でもパイオニアとなった。(2)コペンハーゲン言語学サークル(1934創立)はソシュールの記号学的側面の完成を意図したL.イェルムスレウによる言理学glossematicsを特色とし,新ソシュール主義Neosaussurianismとも呼ばれた。数学的抽象化による論理的文法を追求し,言語以外の手段を含むコミュニケーション記号の一般理論を目ざし,機械翻訳のためのメタ言語の設定の理論も開拓した。(3)アメリカ構造言語学の諸派。1930年代後半から50年代にかけての約20年はL.ブルームフィールドの追随者たちによるアメリカ構造言語学の全盛期でその影響は全世界に及んだが,末期には理論的行詰りを生じた。音素論ではブロックBernard Bloch(1907-65),トウォデルWilliam Freeman Twaddell(1906-82),形態論ではハリスZellig Harris(1909-92),ホケットCharles Hockett(1916-2000),ナイダEugene Nida(1914- )らの業績が重要である。分布主義的方法論の祖述としては先のブロックとトレーガーGeorge Trager(1906-92)の《言語分析概説Outline of Linguistic Analysis》(1942)とハリスの《構造言語学の方法Methods in Structural Linguistics》(1951)が代表的であるが,とくに後者は分布主義の方法論的行詰りを認め,弟子のN.チョムスキーによる反分布主義的な変形生成文法(生成文法)への道を開いた。(4)上述のどの流派とも密接な関係をもち,しかも独自の立場に立つのはフランスのA.マルティネであり,機能的音韻論を推進する一方,省力化ないし経済性の観点から音声変化を説明する独自の通時的音韻論の試みを示した。
構造言語学の諸原理は70年代にはもはや単一の学派的主張としてではなく,現代言語学の主要潮流のすべてに共通し分有される基本的テーゼとなっている。構造言語学とくにプラハの音韻論の開発した構造分析の方法論は他の学問的領域にも適用され,たとえば文学研究,フォークロア研究,神話学,文化人類学,社会学などにおける構造主義の発達に明瞭な影響を与えている。
→記号 →言語学 →構造主義
執筆者:佐藤 純一
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… 55年ころ,戦後の英語教育の再建を目ざしてアメリカのフリーズCharles Carpeter Fries(1887‐1969)の唱えるオーラル・アプローチoral approach(フリーズ・メソッドFries’ methodとか構造的アプローチstructural approachともよばれる)が紹介された。1940年代に盛んになったアメリカ構造言語学の理論を踏まえた教育法で,言語が構造として備えている音韻,語構成,文構成などの一定の型(パターン)に慣れるための文型練習(パターン・プラクティスpattern practice),ミニマル・ペアminimal pair(1点において異なる二つの言語形式の対比),および口頭発表を特徴としている。母語の使用や訳読に厳しい制限を設けないという点,オーラル・メソッドと異なるとされるが,目標言語をできるだけ多く用いる機会を設けること,音声の重視,基礎構文の反覆や文中の語句の入れ換え練習など,むしろ共通点が多く,オーラル・メソッドが文脈や状況を取り込んでいるのに対し,オーラル・アプローチはいっそう体系化されているものの,機械的に過ぎるという批判も出ている。…
…そこで,音素/t/は〈無声・歯茎・閉鎖〉という弁別的素性から構成されていることになるので,R.ヤコブソンは〈音素は弁別的素性の束〉であると規定するにいたった。これに対し,アメリカの構造言語学の立場では,相補的分布complementary distributionの原則が重視されている。日本語のハ行音で〈フ〉[ɸɯ]には無声両唇摩擦音[ɸ]が,〈ヒ〉[çi]には無声硬口蓋摩擦音[ç]が,〈ハ〉[ha],〈ホ〉[ho],〈ヘ〉[he]には声門摩擦音[h]が現れる。…
…文化記号論semiotic(s) of cultureは既成の諸学問の枠を越えて人間と文化の生態を解明し,人間の生活を成り立たせている経済活動(生産・消費・交換など)とその諸理論の批判を可能にするのである。
[現代文化記号論の発展]
人間と文化を記号として解明しようとする現代文化記号論の理論モデルは構造言語学である。パースらとともに現代文化記号論の祖の一人とされるスイスのF.deソシュールは儀礼,作法などの諸文化現象を記号として考え,記号論sémiologie(英語ではsemiotics)の展望を開いた。…
…伝統文法では,形態論morphologyは語の配列や用法を扱う統語論(シンタクス)と音韻論と共に文法の三大部門をなしている。(2)構造言語学では形態素の設定と種類およびその配列と構造を扱う部門とされている。このうち形態素の結合によって生じる音声変化を記述する部門を形態音素論morphophonemicsという。…
…まず第1に,ある一定の時期(多くの場合は現代)のある一つの言語に関してその構造などを研究するものがある。〈共時言語学〉〈構造言語学〉あるいは〈記述言語学〉などと呼ばれる。あらゆる人間社会は,人間自らが発する音声を用いて意思伝達,意思交換を行っている。…
…1960年代以降フランスで生まれた現代思想の一潮流。フランスの人類学者レビ・ストロースは,ソシュールに始まり,イェルムスレウらのコペンハーゲン学派やヤコブソンらのプラハ言語学派において展開された構造言語学や,数学,情報理論などに学びつつ,未開社会の親族組織や神話の研究に〈構造論〉的方法を導入して,構造人類学を唱えた。やがて1962年に公刊した《野生の思考》は,これまで非合理的なものとされていた未開人の〈神話的思考〉が,決して近代西欧の〈科学的思考〉に劣るものではなく,象徴性の強い〈感性的表現による世界の組織化と活用〉にもとづく〈具体の科学〉であり,〈効率を高めるために栽培種化された思考とは異なる野生の思考〉であることを明らかにして,近代西欧の理性中心主義のものの見方に根底的な批判を加えた。…
…シカゴ出身。人類学者F.ボアズとその門弟の言語学者E.サピアとともにアメリカ構造言語学の基礎をすえた。シカゴ大学で博士の学位を得た後,1913‐14年にドイツに留学,比較言語学者レスキーンAugust Leskien(1840‐1916),K.ブルクマンらの下で青年文法学派の史的言語学を修めた。…
…67年71歳で両大学を定年退職した後も,内外の諸大学の客員教授や学士院・アカデミーの会員として活躍し,その影響は全世界に及んでいる。 ヤコブソンは1920年代後半からN.S.トルベツコイとともにプラハ言語学派の理論的指導者として構造言語学の最前線を開拓し,とくに音韻論の分野で画期的な業績を示したが,プラハ音韻論学派の基本的諸概念と手法の確立に果たした役割のほかに,通時音韻論への応用展開と,音素の区別・対立の根底にある有限の音響・調覚的な〈弁別特徴(弁別的特徴)distinctive features〉の存在の証明とその一般言語学への適用は,とくに彼自身に帰せられる重要な貢献である。弁別特徴は,たとえば母音性対非母音性のように相対的かつ二項的な対立で諸言語に共通・普遍的なものが多いが,全言語を通じてその数は十数種類にすぎず,個々の音韻体系の異同を弁別特徴の種類とその組合せの違いによって統一的に説明する可能性を示した功績は大きい。…
※「構造言語学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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