ヤマアラシ(読み)やまあらし(英語表記)porcupine

翻訳|porcupine

改訂新版 世界大百科事典 「ヤマアラシ」の意味・わかりやすい解説

ヤマアラシ (山嵐)
porcupine

体に長く鋭い針状毛を備えた齧歯(げつし)類で,ヤマアラシ科とキノボリヤマアラシ科(アメリカヤマアラシ科)に属するものの総称。ユーラシア南部からアフリカ分布するヤマアラシ科(約3属11種)と南北アメリカに分布するキノボリヤマアラシ科(約4属10種)は,かつては系統的に近縁と考えられていたが,近年ではまったく別の系統のものとみなされている。体長30~93cm,尾長2.5~45cm,体重0.9~30kg。

 ヤマアラシ科Hystricidae(英名Old World porcupine)のものの多くは尾が短く木に登らない。登るものでは尾の中央部に長毛を欠き,〈うろこ〉が裸出するが,尾を物に巻きつけることはない。体は褐色を帯びた黒色で,首の周囲に白帯がある。とげは黒色と白色の帯模様となる。単独またはつがいで下生えの茂った岩のある山地に多く,日中は地中の穴や岩の間で過ごし,草の根や芽,樹皮,落ちた果実などを食べる。タテガミヤマアラシHystrix cristataなどは,敵に遭うと尾を振ってカラカラと音を立てて警告し,体のとげを立て,後ろ向きに突進し,とげを突き刺す。妊娠期間約112日,1産1~4子を生む。野生での寿命は12~15年と考えられる。

 キノボリヤマアラシ科Erethizontidae(英名New World porcupine)のものは尾が長く,多くは物を巻くことができる。木登りがうまく,ふつう樹上生。とげは短く,多くの種では全身に密生し,種類によっては長い毛に完全に隠されている。体毛は黒色,褐色,黄色あるいは白色の帯模様をもつため霜降り状を呈する。もっともよく生態が知られているカナダヤマアラシErethizon dorsatumは樹洞,土穴,岩穴などにすみ,おもに夜行性で,常緑の針葉,幹の形成層,樹皮を主食とする。繁殖期以外は単独でいるが,冬に採食場へたくさんの個体が集まることがある。秋あるいは初冬が交尾期で,妊娠期間205~217日,1産1子,まれに2子を生む。寿命は10年以上である。
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中国では紀元前の《山海経》にヤマアラシを豪彘(ごうてい),貆猪(がんちよ),鸞猪(らんちよ)と記し,《唐本草》は蒿猪(こうちよ)と記す。そのほか山猪(さんちよ),璧水貐(へきすいゆ),貐(がんゆ),箭猪(せんちよ),刺猪(しちよ),响鈴猪,豪猪(ごうちよ)とも書く。刺猪や箭猪はとげに覆われているためで,响鈴猪は敵を威嚇するために身体中のとげを逆立てて鳴らすためである。現代漢方では,肉を〈豪猪肉〉,胃を〈豪猪肚〉といい,前者を大腸の薬,後者黄疸水腫下腹部の気が胸や咽につき上げて腹が激痛し,呼吸が切迫し,痙攣めまいのする症状,湿や熱の治療薬として用いる。そのうえ,とげまで〈豪猪毛刺〉という薬名で,気血による心臓の痛み止めや,気のめぐりの治療に,焼いて粉末にしたものを内服する。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ヤマアラシ」の意味・わかりやすい解説

ヤマアラシ
やまあらし / 豪猪
porcupine

哺乳(ほにゅう)綱齧歯(げっし)目ヤマアラシ科およびキノボリヤマアラシ科に属する動物の総称。体や尾の上面は針状の刺毛で覆われ、おもに夜行性である。

 ヤマアラシ科Hystricidaeは旧世界ヤマアラシともよばれ地上生で足の裏に毛がない。雌は体側に2~3対の乳頭をもつ。ヨーロッパ、アジア、アフリカにオナガヤマアラシ属TrichysフサオヤマアラシAtherurus、およびヤマアラシ属Hystrixの3属11種が分布する。もっとも原始的なオナガヤマアラシT. fasciculataは1属1種で、外形ドブネズミに似る。頭胴長35~48センチメートル、尾長17.5~23センチメートル、体重1.75~2.25キログラム。体の刺毛は貧弱で、尾先に刺毛の房がある。森林にすんで植物を食べ、寿命は10年ほど。フサオヤマアラシ属はアジアとアフリカにそれぞれ1種が分布し、尾が長く木登りが巧みである。ヤマアラシ属には8種が知られ、最大のインドタテガミヤマアラシH. indicaでは頭胴長90センチメートル、尾長17センチメートル、体重30キログラムもある。背面に生える太い刺毛は長さが35センチメートルもあり、威嚇するときなど体を震わせて刺毛をがたがたさせる。妊娠期間は112日で、1年に2回出産し、1産1~4子。

 キノボリヤマアラシ科Erethizontidaeは新世界ヤマアラシともよばれ、鉤(かぎ)づめのある足の裏には毛が生え、尾が長く物に巻き付けることができ、木登りが巧みである。南北アメリカにカナダヤマアラシ属Erethizon、メキシコヤマアラシ属Coendou、アンデスヤマアラシ属Echinoprocta、ネズミヤマアラシ属Chaetomysの4属10種が知られる。体の大きさは種によって異なり、頭胴長30~86センチメートル、尾長7.5~45センチメートル。メキシコヤマアラシ属は7種が知られ、尾が長く木登りが巧みである。頭胴長30~60センチメートル、尾長33~48センチメートル、体重0.9~5キログラム。ネズミヤマアラシC. subspinosusは1属1種で、ブラジル南東部の狭い地域に生息している。頭胴長43~45センチメートル、尾長25~28センチメートル。尾は裸出し、指は前後肢とも4本である。動作は遅いが、すばやくジャンプし木によじ登る。

[土屋公幸]

民俗

シベリアに住むアルタイ系諸民族の神話では、ヤマアラシは文化英雄の地位を占めている。また、モンゴル系のブリヤート人の伝えでは、隠された日と月を解放する役を演じる。火の起源神話も、主役は人格化したヤマアラシである。トルコ系のタタール人では、ヤマアラシはずる賢い動物として物語で活躍するほか、火を発明し、農業を始めた文化英雄である。これは古代イラン人の信仰の影響ともいわれるが、ヤマアラシが創世神話の主人公になるのは、北東シベリアの旧アジア諸民族から、北アメリカ北西岸の先住民に分布する。アフリカでも、ケニアのキクユ人の火の起源神話にヤマアラシが登場する。男が畑を荒らすヤマアラシに槍(やり)を投げ付け、ヤマアラシは槍を刺したまま逃げ去る。男が穴の中まで追うと、そこでは火を用いて食物を調理している。男は火を土産(みやげ)に村に戻り、首長になる。日本の海幸・山幸の「なくした釣り針」の類話である。

[小島瓔


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百科事典マイペディア 「ヤマアラシ」の意味・わかりやすい解説

ヤマアラシ

齧歯(げっし)目ヤマアラシ科とアメリカヤマアラシ科の哺乳(ほにゅう)類の総称。ヤマアラシ科のタテガミヤマアラシは体長90cmほど,体重27kgに達する。背面や体側のほか,頸(くび)から背にかけても長い針をたてがみ状に生ずるのでこの名がある。暗褐色。南欧と北アフリカに分布。森林,草原などにすみ,昼は穴にひそみ,夜出て植物の根,木の皮,果実,穀物などを食べる。敵にあうと体の針を立て,尾を振って鳴らしながら後ろ向きに突進して針を突きさす。1腹1〜3子。他にカナダヤマアラシ(アメリカヤマアラシ科,体長17〜23cm。カナダ,アラスカに分布),フサオヤマアラシ(ヤマアラシ科,体長50cmほど。東南アジアに分布)などがある。アメリカヤマアラシ科のものは尾が長く,多くは物に巻きつけることができる。樹上性。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ヤマアラシ」の意味・わかりやすい解説

ヤマアラシ
Hystricidae; porcupine

齧歯目ヤマアラシ科の動物の総称。5属 15種ほどから成る。体長 18~90cm,尾長 10cm内外。最大種はケープタテガミヤマアラシ H.africaeaustralisで,体重が 30kgに達することもある。体はずんぐりしており,背面は剛毛と棘針でおおわれる。棘針は毛の変化したもので,抜けやすい。また敵に襲われたときは針を立てて身を守る。昼間は土中の穴などにひそみ,おもに夜間活動し,植物質を食べる。アフリカのサバナやアジアの森林に分布。

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世界大百科事典(旧版)内のヤマアラシの言及

【齧歯類】より

…人間を利用して分布を広げた住家性のネズミを除いても,南極大陸とニュージーランド以外の世界中に分布し,熱帯から寒帯までの砂漠,草原,森林,高山,ツンドラなどあらゆる環境にすむ。地中の穴にすみ,夜地上に出て食物をとる夜行性(水晶体は他の多くの哺乳類同様無色)のものが多いが,サル類と同様水晶体が黄色で昼間だけ活動するリス,シマリス,もっぱら地下にすむメクラネズミ,ハダカモグラネズミ,樹上生のリス,ヤマネ,キノボリヤマアラシ,水生のミズネズミ,ビーバー,マスクラット,ヌートリア,跳躍するトビネズミ,カンガルーネズミ,トビウサギ,滑空するウロコオリス,ムササビ,モモンガなど適応放散が著しい。農作物を食害し,伝染病,寄生虫を媒介するものもあるが,毛皮獣(チンチラ,ビーバー,ヌートリア,マスクラット,リスなど)や実験動物(テンジクネズミ,マウス,ラット,ハムスターなど)として重要なものがあり,猛禽(もうきん)類や小型の肉食動物の食物としても無視できない。…

※「ヤマアラシ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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