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ユトレヒト条約 ユトレヒトじょうやく Treaties of Utrecht

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ユトレヒト条約
ユトレヒトじょうやく
Treaties of Utrecht

1713年4月~14年9月にわたって締結されたスペイン継承戦争を終結するための一連の講和条約。この結果,スペインフェリペ5世は王位を認められたが,フランス王位継承権は放棄,フランスは東部国境線の保持が決った。

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デジタル大辞泉の解説

ユトレヒト‐じょうやく〔‐デウヤク〕【ユトレヒト条約】

1713年から1715年にかけて、ユトレヒトで締結されたスペイン継承戦争の一連の講和条約。フランス・スペインの合併禁止、フェリペ5世の復位は認められたが、アン女王の英国王位の承認、ジブラルタルミノルカ島・仏領アメリカの一部などのイギリスへの割譲が決められた。

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百科事典マイペディアの解説

ユトレヒト条約【ユトレヒトじょうやく】

1713年,スペイン継承戦争終結のため,フランス・スペインが英国およびその同盟国との間にオランダユトレヒトで結んだ条約の総称。フランスと合同しないことを条件にスペインの王位はルイ14世の孫フェリペ5世に認められた。
→関連項目アン女王戦争ジブラルタルフェリペ[5世]

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世界大百科事典 第2版の解説

ユトレヒトじょうやく【ユトレヒト条約】

1713年4月11日,スペイン継承戦争の交戦国であるフランスとイギリス,オランダ,ポルトガルサボイアプロイセンとの間にユトレヒトで結ばれた一連の講和条約。翌14年のラシュタット条約(神聖ローマ皇帝・フランス間),バーデン条約(プロイセン以外のドイツ諸国・フランス間)によって補完される。ユトレヒト条約により,スペインの王位は,フランスが同王国を統合しないという条件で,ルイ14世の孫フェリペ5世に与えられ,スペインにおけるブルボン朝が始まった。

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大辞林 第三版の解説

ユトレヒトじょうやく【ユトレヒト条約】

1713年結ばれたスペイン継承戦争の講和条約。フランス・スペインが合同しない条件でブルボン家のスペイン王位継承が承認され、イギリスは多くの海外領土を両国から獲得。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ユトレヒト条約
ゆとれひとじょうやく

スペイン継承戦争(1701~14)終結の際の一連の講和条約の総称。まず1713年4月11日、フランス、スペインとイギリス、オランダ、ポルトガル、サボイア間にオランダのユトレヒトUtrechtで条約が成立。ついで、14年3月6日、フランスとドイツ皇帝(オーストリア)間にラシュタット条約、さらに同年9月7日のバーデン条約、15年11月15日のオランダと南ネーデルラント間の障壁協定と一連の補足の協約が成立した。
 この結果、スペインは、フェリペ5世の復位は認められたものの、ネーデルラント、北イタリア、ナポリ、サルデーニャはオーストリアへ、シチリアはサボイアへ譲渡され、決定的に没落した。フランスは、戦前の領地を保持したが、ルイ14世の大陸制圧政策は挫折(ざせつ)した。もっとも有利なのはイギリスで、ジブラルタル、ミノルカ島を得て地中海制圧の足場をつくり、ニューファンドランドほかを得て北アメリカ植民地を拡大し、またスペイン植民地に対する貿易特権を得て、イギリス優位の時代を開いた。[千葉治男]

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世界大百科事典内のユトレヒト条約の言及

【アシエント】より

…スペイン領植民地は深刻な労働不足状態にあったから,この契約に基づく奴隷供給とそれに伴う商品貿易は莫大な利潤があがると信じられ,この契約をめぐる争いが重商主義戦争の重要な原因となった。はじめは個人としてのスペイン人やポルトガル政府,1701年からはフランス政府がこの契約権を握っていたが,13年ユトレヒト条約締結に際してイギリスがこれを奪った。イギリスは以後30年間,毎年4800人の奴隷を供給し,毎年1回商品貿易に従う〈年次船〉500トンを派遣する権利を得たのである。…

【カナダ】より

… 一方,ニューフランスの版図が広がるにつれ,南のイギリス植民地との接触・衝突の機会が多くなった。本国同士の争いは直ちに植民地におけるそれに発展し,1713年にはアン女王戦争の結果のユトレヒト条約で,ニューファンドランド,ハドソン湾岸のほか,ノバ・スコシアを中心とするアカディア地方が正式にイギリス領と認められた。英仏植民地戦争の最大にして最後のものが,54年に始まったフレンチ・インディアン戦争である。…

【スペイン】より

…ルネサンスとバロックというヨーロッパ近代の二つの流れに次ぐガリレイやデカルトに代表される科学と理性を基にした第三の流れは,スペインのそれまでの歴史および精神と完全に対立した。ヨーロッパ諸国では,ウェストファリア条約(1648)からユトレヒト条約(1713)へ至る間に,キリスト教信仰への理性の反逆が起こり,国家理性に基づき,国民国家を行動単位とする現代の勢力均衡政治の原型が姿を現した。ところが,スペインはキリスト教信仰による普遍性を唱え続け,広いヨーロッパの領土を防衛する軍事力ももたなかった。…

【スペイン継承戦争】より

… しかし10年,イギリスのアン女王がマールバラ公と衝突し,政権が主戦派のホイッグ党から和平主義のトーリー党へ移ったのに加えて,翌11年,皇帝ヨーゼフ1世(在位1705‐11)が嗣子なく没し,弟のカールが新皇帝に選ばれるにおよんで,イギリスは講和を急いだ。12年の夏にフランスがスペイン領ネーデルラントで皇帝・オランダ連合軍に大勝すると,オランダも和平に踏み切り,その結果,13年4月のユトレヒト条約で,皇帝を除く連合国とフランスの間に講和が成立,翌年3月には皇帝もラシュタットRastattでフランスと和し(ラシュタットの和),戦争は終結した。この戦争でフランスのルイ14世の覇権政策はついえ,他方イギリスは,仏領アメリカ植民地の一部,ジブラルタル,ミノルカなどのほか,通商の上ではオランダを抑えて,スペイン植民地における最恵国待遇をかちとり,海外発展を一段と進めた。…

【南海泡沫事件】より

…南海会社は1711年に,スペイン領中南米との奴隷その他の商品の取引を目的とし,またスペイン継承戦争でふくれ上がった国債の低利債への転換をも目的として設立された。同社がユトレヒト条約(1713)でスペイン領への奴隷の独占的供給権(アシエント)を獲得したために,膨大な利潤を予想する者が多くなり,さらに20年には東インド会社とイングランド銀行を抑えて同社がほとんどすべての国債を引き受けることを議会が承認したため,その株価が急騰した。これを契機として,ほかにも無数の〈株式会社〉が出現,熱病的な株式ブームとなった。…

【ハプスブルク家】より

…スペイン系がカルロス2世(在位1665‐1700)で断絶し,スペイン継承戦争が勃発すると,レオポルト1世の次子カール6世も継承権を要求する。兄皇帝ヨーゼフ1世(神聖ローマ皇帝,在位1705‐11)の死によってカール6世が皇帝(在位1711‐40)になると,ハプスブルク世界帝国の再現を恐れた西欧列強は1713年ユトレヒト条約を結び,スペイン王位はハプスブルク家を離れ,ブルボン家に移った。
[啓蒙君主たち]
 しかしオーストリア家はネーデルラントとイタリアの旧スペイン領を併せ,カール6世は同じ年の1713年国事詔書(プラグマティッシェ・ザンクツィオンPragmatische Sanktion)を制定し,広大な世襲領の永久不分割と長子相続を図ったが,継承者に男子を欠き,長女マリア・テレジアの一括相続のために譲歩を重ね,国際的承認を得ていた。…

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